第十章第一話 ギルドからの来訪者、再び
まだ朝露の光るパーティホームの庭で、互いに木刀を構えてリディと向かい合う。
「準備はいぃ~? ――はじめぇ~」
立会人のメアリーの、今ではすっかり慣れてしまった気の抜ける掛け声で、僕とリディは目の前の『敵』に向かって突っ込んだ。
初手は、僕とリディの眼前での鍔迫り合い。
獣人であるリディ相手では、性差以上に種族差が大きくて力比べは不利。
すぐに力を抜いて前のめりにリディのバランスを崩し、僕自身はリディの右側へと回り込む。
正面からぶつかり合った状況で、リディに自ら退くって選択肢はない。
だから、あの突撃脳の勢いは空を切って、簡単に立て直せないはず。
「貰ったぁ!」
「――って来るって分かってたわ、よっ!」
完全にバランスを崩したように見えていたリディだが、左足を大きく踏み出して踏ん張ってやがる!?
しかも、それで終わりじゃない。
無理矢理勢いを殺したリディは、そのまま右足で鋭い横蹴りを叩き込んできた。
「どうだぁ!?」
「くそっ!」
これは、剣道ではなく実戦剣術。
体術は確かにアリだけど、完全に体勢を崩しきったはずのところから来るなんて思わないぞ。
だが、みぞおちを狙って放たれた蹴りを何とか左手で受け、勢いを殺すために後方へと跳ぶ。
ここで体勢を立て直したいけど、リディ相手にそれは無理だろう。
「うりゃぁぁぁあああああ!!!!!!!!」
リディだって無理に無理を重ねてるはずなのに、僕の隙を突こうと最短最速で迷わず突っ込んでくる。
この彼女の本能とも言える行動を予見できたからこそ、木刀とそれを持つ右手だけは死守したんだ。
左腕は痺れて、しばらく使い物にならない。
もう一歩踏ん張って、後ろに間合いを取る時間もない。
だから、わざと尻もちをつくことで下方向に距離を稼ぎ、同時に、地を這うように右手一本で木刀を斬りあげた。
頭上からリディの渾身の一撃が迫り、下からは僕の起死回生の一線が弧を描くように紡がれ――
「そこまでぇ~」
メアリーの制止が入ったとき、僕の頭上ではリディの木刀が寸止めされ、リディの首筋には僕の木刀が添えられていた。
互いに見合わせ、同時に息を吐く。
「「相討ち」」
手合せの後は、反省会だ。
僕の左右にメアリーとリディが座り、縁側で三人並んで行う。
師匠は急な来客対応で居ないけど、弟子同士で気付いたことを言い合うだけでもかなり勉強になる。
「っつってもなぁ……」
「互いのクセやら手の内やら、大体知ってるものねぇ……」
師匠か互いとしか手合せしない僕らは、最初のうちはともかく、最近は早々滅多に新たな指摘とかでないんだよ。
この場合、色んな相手とやり合えるように他から手合せの相手を、短期でも呼んでくるってのも手なんだけど、うちではそうしたことはない。
人脈がないとか、師匠の怠慢とか、そういうことじゃない。
「師匠だったら、戦うたびに戦闘スタイル変えてくるくらいに多彩だからなぁ」
「イサミパパ――先生のアレを見るたび、先の遠さに言葉も出ないわ」
近接戦限定のみならず、魔法剣士スタイルでも何パターンも出してくるんだ。
修行相手としては師匠一人と、たまの実戦で足りるけど、全然届く気がしないぞ……。
「ほら、そこはスタイルの違いだから気にしない。前から言ってるだろう? 色々出来る必要はない。基礎を固めて、その上で必殺に至るまで鍛え上げた一つがあれば何とかなるって」
「あ、師匠。来客はもうよろしいんですか?」
「ああ、ミゼル君。それはね、君たち三人も関係するから、呼びに来たんだよ」
ニッコリと笑いながら言って、師匠は居間の方へとさっさと歩いていく。
何だろうかと思いながら三人でついて行くと、そこには接客のため控えるメイドにして我が妹のニーナに、ルーテリッツさんまでいる。
そして、見知らぬ半ばあたりまで禿げ上がったギルドの制服を着たおじさんと、ギルドの不祥事を誤魔化すため師匠への貢物にされかけた課長代理のポーラが居た。
「ミ、ミゼルさん! おめでとうございます! ミゼルさんたちなら、合格間違いなしですね! オラ、嬉しくて嬉しくてたまらないだぁ!」
「あの、ポーラ? あ、ありがとう?」
何かポーラの謎方言を誤魔化せないほどの喜びっぷりと勢いに押されてしまったけど、何事だ?
「ミゼルとリディに、Bランク昇格試験の話が来たんだよ。Cランクになってからの実績を見て、十分だって判断みたいだね。受けるにしろ受けないにしろ、おめでたい話さ」
そう言えば、ブレイブハートのパーティランクであるBランクまでなら、冒険者ランクを上げてもギルドへの上納金は同じで、デメリットなく特権だけ増えるんだったか。
まあ、肝心の特権を現状でもほとんど使ってないけど、有って困るものじゃないのも確かか。
「しかも、Dランクのメアリーと、魔法学院卒業資格でDランク相当扱いのルーテリッツさんたちのCランク昇格試験も同時にやってくれるってさ。大手と違って数が居ないから、同じランク同士でチーム作って送り出せないからね。試験のための魔物狩りに、違うランクで送り出させてくれる気遣い、感謝します」
「ああ、はい……」
おじさんの絶望顔を見れば、師匠が無茶言ったんだろうなぁ、ってのがよく分かる。
確か、昇格試験は別に同じパーティ内から数を出さなくとも、希望を出せば、マッチングしてくれるシステムだったはず。
ああ、でも。Cランク越えてくるような冒険者抱えるパーティはどこも大手で、そうだと連携取れてるチーム単位で送り出してくるだろうから、相手が居なくてマッチング難しいのかも。
魔物狩りは命懸けだし、即席連携だと実力を十分出せるとも限らないからな。どこも、出来るだけよく知る者同士で組ませて来るだろう。
メアリーは回復役としてなら一流だし、ルーテリッツさんは無詠唱でバカ火力を出せるドチートだ。実力的には、師匠としては十分とみたんだな。
上を目指すなら、僕とリディに何度も背中を預けた後衛を、メアリーとルーテリッツさんに性質のよく分かって援護しやすい前衛を付けてあげたいって師匠の気遣いか。
「あたしはそれで良いわ。あんたたちはどう?」
姉妹大好きメアリーに義姉の言葉に反対する理由はないし、ルーテリッツさんはいつの間にか僕の側に来て、僕の裾を握ってこっちを見ている。僕が行くならついて行く、ってことで良いんだよな?
「全員それで良いみたいだな――そんな訳で師匠。僕ら四人で行ってきます」




