(3)イベントアイテム
すっかりと警戒を解いたルフが、ヒエロニムスの周囲を嗅ぎまわっている。
「こら。あまりウロチョロするでない。こちらが動くと踏み潰してしまうぞ?」
若干呆れた様子で、ヒエロニムスがルフに注意を飛ばした。
注意を受けて、一度はヒエロニムスから離れたルフだったが、しばらくすると再びヒエロニムスの身体の匂いを嗅ぎ始めた。
その様子に再度注意するのを諦めたヒエロニムスが、呆れた声色でハジメに聞いてきた。
「こやつの性格は、其方のものを引き継いでおるのか?」
「まさか。いくらなんでもそれはないな」
ハジメはそう即答したが、ヒエロニムスは疑わしげに他のメンバーに聞いた。
「そうなのか?」
ヒエロニムスからそう問われたイリス、バネッサ、エイヤは、何故かお互いに顔を見合わせた後、ヒエロニムスから視線を逸らした。
勿論、ハジメからも逸らしている。
「・・・・・・おい?」
ハジメがジト目で三人を見るが、彼女らと視線が合う事はなかった。
「フム。どうやら、あずかり知らぬは本人ばかり、と言った所のようだな」
そう言ってカカカと笑うヒエロニムスに、ハジメは反論することが出来ないのであった。
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「それで? 其方らはなぜここに来た?」
ようやく入った本題に、ハジメは気を引き締めた。
「なぜというか、この辺一帯に結界らしきものがあってその先が越えられないので、その原因を探っているのだが?」
お前がその原因ではないかと、言外に匂わせつつハジメがそう言った。
「フム」
そのハジメを見ながら、ヒエロニムスが一つだけ相槌を打った。
そのまましばらく黙ったヒエロニムスが、ようやくと言った感じで口を開いた。
「その結界を解除する方法だが、心当たりが無いわけでもない」
「本当か?!」
勢い込むハジメに、ヒエロニムスが待ったをかけて来た。
「まあ、待て。教えるのは構わんのだが、結界を解くと一つ問題が生じる」
「問題というと?」
首を傾げるハジメに、ヒエロニムスがさらに続けた。
「この辺り一帯を覆っている結界は、この我を封じ込めるために作られた物だ。当然、結界を解けば我も解き放たれるという事になる」
正直に言えば、この場にドラゴンがいることで、予想できた回答のうちの一つだった。
こう言った話も有るだろうと考えていたので、ハジメはすぐに返答を返すことが出来た。
「なんだ。何か悪さでもしたのか?」
直球すぎるハジメの問いかけに、サポートキャラ達が息を飲んだが、ヒエロニムスは楽しそうに目を細めた。
「カカカ。本当に物怖じしないの。・・・・・・まあ、ヒトからすれば悪さになるんだろうさ」
ヒエロニムスのその微妙な言い回しに、ハジメは真っ直ぐに視線を向けた。
「というと?」
そう言って首を傾げたハジメに、ヒエロニムスが昔を思い出すように話し出した。
「まあ、一言で言うと、この大陸にいる人を襲ったのさ」
「なぜ?」
「ほう。その理由を聞くのか?」
意外そうなヒエロニムスに、ハジメが肩を竦めた。
「ヒトを襲うと言っても理由は色々あるだろうさ。それこそ人がやっている狩りとか、餌にするとかな」
淡々とそう言うハジメをサポートキャラ達は息を飲んで見つめ、ヒエロニムスは興味を持ったように見て来た。
「餌にされていると知って、怒らないのか?」
「怒ってどうする? それが嫌なら立ち向かえばいい。生存競争ってのは、そんなもんだろう?」
ハジメはあっさりとそう答えた。
それを聞いたサポートキャラ達は黙り込んだ。
そんな仲間たちとハジメの様子を、ヒエロニムスが面白そうな視線で見ていた。
それを感じながらハジメがさらに問いかけた。
「それに、そもそもドラゴンはヒトを餌にしているのか?」
「いや。していないな」
話を元に戻したハジメに、ヒエロニムスはキッパリとそう言った。
「そもそもこの巨体を維持するのに、一々生食なんぞしていては、この辺り一帯の生物を食い尽くせねばならん」
「だろうな」
納得できる理由に、ハジメは頷いた。
今まで確認して来たエリアの様子を見る限りでは、とても目の前の巨体を維持できるだけの生態がこの辺り一帯にあるとは思えなかった。
であれば、別の手段でその巨体を維持しているのだと考えるのが妥当だ。
どう言った方法で維持しているかまでは、分からなかったのだが。
「簡単に言えば、周囲のエネルギーを直接取り込んでいるのだが・・・・・・話がそれたな」
ヒエロニムスは、一度言葉を区切ってから話を続けた。
「最早ヒトも覚えておらんだろうが、事の発端は我等の種族の卵を奪い取られた所から始まっている」
「ああ、なるほど」
それこそ、ハジメがいた元の世界では、物語で良く語られていた話だ。
ふと他のメンバーを見てみると、それぞれ似たような話に思い当りがあるのか、納得したような表情になっていた。
「まあ、だからと言ってやり過ぎたという感じはあるがな」
そう言ったヒエロニムスは、多少沈んだように見えた。
それをハジメはあえて無視して語り掛けた。
「まあ、反省・・・・・・してかどうかは分からんが、そう思ったからこそこうして大人しく結界に囚われているんだろう?」
ハジメの勝手な推論だが、恐らく間違ってはいないだろうと確信してそう言った。
それを聞いたヒエロニムスは、分かりやすく目を細めた。
「そう思うのか」
「まあ、別の理由もあるんだがな」
「ほう。聞いても良いのか?」
「してもいいんだが・・・・・・うまく説明できる自信がないな」
ハジメの根拠は、単純にこれが第三段階を越えるためのイベントだと考えているという事だ。
ハジメをこの世界に招いた存在が、わざわざ世界を破滅させるような敵を用意するはずがない。
ある意味で、逆説的にそう考えているのだが、そもそもハジメを招いた存在や他のプレイヤーの存在を説明してちゃんと理解してもらえるかが分からなかった。
それでもヒエロニムスに促されるまま、ハジメは自分にとってのこの世界について話をした。
最初から何か疑わしげな視線を向けて来たヒエロニムスだったが、最後まで話を聞くことは無かった。
「もうよい。それ以上説明してもらっても理解できんだろう」
「そうか。説明が下手で済まないな」
ハジメはそう言って頭を下げたが、ヒエロニムスはそれを予想外の理由で否定した。
「いや。そうではない。恐らくきちんと説明しているのだろうが、吾には届かない言葉あってほとんど文章として成り立っていないのだ」
「は?」
「これは想像だが、其方をこの世界に招いたという存在は、かなり上位の者のようだな。我には其方の身に起こっていることを知られたくないのだろう」
ハジメにとっては、予想外でもあり、またどこかで納得できる説明だった。
どうやらハジメから見た運営は、この世界の者達にその存在をあまり知られたくはないようだった。
「なるほど・・・・・・」
考え込んだハジメを、ヒエロニムはジッと見て来た。
「・・・・・・なんだ?」
「いや、恐らく其方であれば考えているだろうが、我の知る世界の住人にそのことを話しても、狂人扱いされるのが落ちだと思うぞ?」
「やはりそう思うのか」
もっともなヒエロニムスの説明に、ハジメは頷くのであった。
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ハジメ達の出自(?)にまで話が及んでしまったが、ハジメは本来の話へと戻した。
「話がそれたな。それで? ここの結界を解く方法は?」
ハジメの問いに、ヒエロニムスは「フム」と言ってしばらく考え込む仕草を見せた。
「・・・・・・しばらく探ってなかったからな。どれ?」
そんなことを呟きながら何かの調査をしているのを感じた。
魔力探知系の何かを使って周囲を探っているのがわかる。
ヒエロニムスが持っている強大な力に騙されかけていたが、以外にも細やかな操作が出来ていることがわかった。
はっきり言えば、メンバーの中で一番魔力操作が上手いエイヤよりも遥かに細やかに操作が出来ている。
当然エイヤもそれが分かったのだろう。
感心したような表情になっていた。
ヒエロニムスに会ってから緊張しっぱなしだったのだが、どうやら時間と共にそれくらいは感じ取れる余裕が出て来たらしい。
そんな一同の感心を余所に、しばらく調査を続けていたヒエロニムスがやがてハジメに視線を向けた。
「結界の大半は我の力でどうにかなるとしても、最後のひと押しというか最初のひと押しにどうしても必要な物がある」
「なるほど。それに必要な物とは? 可能であればこちらで用意する」
ハジメの言葉に、ヒエロニムスが難しそうな声で唸った。
「用意すると言ってもな。そもそもこの結界で囲まれた中には存在しない物だぞ? 作ろうにも既に製法が失われており、我でも詳細な作り方は分からん」
「ほう?」
ヒエロニムスが言った言葉に、ハジメが反応した。
どうやら選んだ選択肢は間違っていなかったと確信したのだ。
如何にも作成師らしいイベントだった。
興味を持ったハジメが、ヒエロニムスに先を促した。
「物の作成は、俺の専門だ。取りあえず話してくれないか? 作ることが出来るか出来ないかは、色々試してから判断したい」
「ほう? 其方、生産者であったか。・・・・・・フム。ならば、ホレ」
ヒエロニムスがそう言って、いきなり鼻先を揺らした。
それに合わせるように、ハジメの拳大の光がヒエロニムスから飛び出し、ハジメの頭に当たった。
「ウワッ!?」
「「「ハジメ(様)!?」」」
咄嗟の事に声が出たハジメに、メンバーたちが慌てて反応した。
それに対して、ハジメはすぐに右手を上げてそれを止めた。
特に攻撃的な魔法というわけではなかったのだ。
それどころか、今のハジメにとっては必要な物だったことがわかる。
ヒエロニムスがハジメに行ったのは、知識の伝授だ。
光がハジメに当たった瞬間に、ヒエロニムスが知っている知識が流れ込んできたのだ。
ハジメは慌てて持っていたメモに、それらの知識を書き込み始めた。
それを見たヒエロニムスが不思議そうな声色で確認して来た。
「今渡した知識は、そうそう簡単に忘れるようなものではないぞ?」
「ああ、そうみたいだな。だが、人の頭ほどいい加減なものはない。覚えているつもりでも思い出せないなんてことはよくあるからな。俺の場合はこうしてメモに書いて後から見たりするんだ」
納得できる理由にヒエロニムスが感心した様子になった。
「なるほどな。それもまたヒトの知恵か」
こうなったハジメが周囲を全く顧みなくなることを知っているメンバー達は、ヒエロニムスに確認を取った後、拠点を作成し始めた。
ヒエロニムスから与えられた知識は、少しのメモ書きで終わるようなものではなく、かなりの量だったのだ。
「ハジメ様、拠点が出来たので其方で書いてはどうでしょうか?」
「あ、ああ」
イリスから促されても生返事を返すハジメだったが、それに慣れているイリスはさっさとハジメを仮拠点へと導いた。
その間に、バネッサがヒエロニムスに今後の話をしていた。
「こうなると長くなるので、しばらくここに腰を落ち着けても良いでしょうか?」
流石に相手がドラゴンだけに、バネッサもある程度丁寧な態度を取っている。
それに対するヒエロニムスも、特に気にした様子も見せず小さく頭を動かした。
「ああ、別に構わん。好きにすると良い」
ヒエロニムスはそう言うと、両目を閉じてしまった。
バネッサもこれ以上話すことは特になったので、初めてのドラゴンとの対談はこれで終わりとなった。
その後は、アイテムの研究に熱中するハジメを放置したまま、他のメンバーは周辺でレベリングに励むことになるのであった。
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ハジメの引きこもりは、数時間に渡った。
その結果、この場では結論が出せないという事で結局一度本拠点に戻ることになった。
「済まないな。完成するまでに少し時間がかかりそうだ」
そう言うハジメに対して、ヒエロニムスはカカカと笑った。
「何。今までの時間に比べれば、些末な時間だ。むしろ完成できるといえる方がすごいと思うがな。・・・・・・本当に、出来るのか?」
若干疑わしげなヒエロニムスに、ハジメは力強く頷いた。
「出来る。後は、俺の技量と材料だけだ」
「それが一番の問題の気もするが・・・・・・。まあいい。気長に待つとするさ。待つのは慣れているからな」
「ああ。期待していてくれ」
ハジメはそう言った。
ここまでハジメが自信を持っているのには、ちゃんとした訳がある。
一番のネックだった材料に、ちょっとした思い当りがあったのだ。
それさえ解決できれば、後の問題はハジメ自身の技量だけだ。
こうして初めてのヒエロニムスとの邂逅は終わりとなった。
第三段階のクリアには、ヒエロニムスから教えてもらったアイテムの作成が必須だという事で、ハジメはこのアイテムを作成するために奔走することになる。
※ヒエロニムスと会話をしただけなので、今回はレベルアップは無しです。
ハジメ以外のサポートキャラ達は、数時間のレベリングでは大きな変化はなかったです。




