閑話 紅月華園
更新再開です!
注)本閑話は、第三章最終話よりもほんの少しだけ時間が進んでいます。
この後に更新される本編には影響はありません。(←ネタバレにはなっていないという意味ですw)
パティの店に二人の女性が訪ねてきていた。
一人は燃えるように赤い髪を持つアマゾネスのイーネスで、もう一人はうすい青色の髪を持った人魚のエミーリエだ。
どちらも戦闘組ではトップクラスの強さをもっている。
そんな二人が何をしに来たのかというと、ギルド「紅月華園」に関しての話し合いである。
ギルド「紅月華園」は、パティがギルドマスターとなる予定のギルドだ。
イーネスもエミーリエも「紅月華園」のサブマスターなのである。
イーネスが店のドアを開けて入ると、何人かの女性が店の商品を物色していた。
パティの店は、どの時間に来ても客が一人も入っていないという事は無い。
繁盛している証拠だった。
その店主であるパティは、カウンターの隅で顎を乗せながらだらけていた。
「こらパティ、話に来たぞ。だらけるな」
「あらあら。パティがカウンターでそんな風になるなんて、珍しいわね。何かあったの?」
パティの傍に近づいたイーネスとエミーリエが、それぞれそんなことを言って来た。
特にイーネスは、パティの頭をぐりぐりと撫でている。
「う~」
それでも浮上してこないパティに、イーネスとエミーリエは顔を見合わせた後、サポートキャラのシエラに視線を向けた。
「何かあったのか?」
そのイーネスの問いに、シエラは肩を竦めた。
「なんということはありません。ここ数日忙しいという事で、ハジメ様が来ていないだけです」
その返答に、イーネスとエミーリエがパティに呆れたような視線を向けた。
「何というかまあ。その態度をハジメの前で見せたらあっという間に解決する気がするんだが?」
「同感ね。ハジメさんの前だと、どうしてああも頑なな態度になるのよ?」
「パティ様は、意地っ張りですから」
三者三様の言葉だったが、いつの間にか周囲で話を聞いていた者達も同意するように頷いていた。
パティに近しい人たちの中では、パティのハジメに対する想いを知らない者は、ほとんどいなくなっている。
既に知らないのはハジメだけといった状況なのだが、これはハジメが特別に鈍いというわけではない。
当初、ハジメとパティの関係は単純に店長と商品を降ろしに来る生産者という関係だった。
パティがハジメの前だけでは、今までの関係と態度を頑なに守っているがために気付けていないのだ。
もっとも、周囲の様子で気づけないハジメもハジメといえるが、今のところの周囲の反応はどっちもどっちという結論になっている。
「・・・・・・ええやんか、別に」
ポツリとそう呟いたパティに、他の者たちはため息をついた。
何度も同じようなやり取りをしているので、もはや諦め気味なのだ。
「はいはい。分かったわよ。それよりも話し合いをするのでしょう?」
エミーリエはパティの頭をポンポンと軽く叩いた。
「そうやったな。頑張るか」
ようやく気分が浮上して来たのか、そう言ったパティは頭を起こすのであった。
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店の奥にある小さな部屋に移ったパティたちは、ギルドの拠点となる建物について話していた。
ちなみに、先ほどまでのパティの態度もなりを潜めている。
「・・・・・・と、言うわけで、あたいが集めた情報だと個別の部屋はいらないというのがほとんどだったね」
「私のところも同じよ。せいぜいが、拠点を守るための護衛用の宿泊所が欲しい、といったくらいかしら」
今、三人で話をしているのは、交流の街に作るギルド拠点についてだ。
ギルドとして人が集まった以上、街の中に建物を造るための資金もだいぶ集まっている。
はっきり言えば、「紅月華園」が集めた資金は、今存在するギルドの中では一、二位を争うほどの金額だった。
そのため、折角なので拠点を作ろうという話になったので、それぞれが欲しい施設の希望を集めていたのである。
「うちのところも似たような話やったわ。職人さんたちも工房は各自で持っているから、敢えて増やす必要はないと言ってたしなあ」
パティがそういうと、三人は顔を見合わせてため息をはいた。
拠点を作るにあたってメンバーの希望を集めたのだが、構成員が泊まるための個人部屋は必要が無いという意見が集まった。
これには勿論理由がある。
といってもそんなややこしい話ではなく、単純に交流の街から自分たちの本拠点に行くのに手間がかからないためだ。
これがもし、歩いて半日もかかる場所に本拠点があるとすれば、個人部屋を希望する者も出ただろう。
ついでにいえば、戦闘職はもとより生産職からも個人部屋を希望する者は出なかった。
特に生産職は、既に自分の本拠点で生産に必要な道具が揃っているので、わざわざ拠点を移動する必要性が感じられないのである。
「結局、ギルドの建物のメインは商人たちの店舗という事だけになりそうやわ」
パティがそうぼやいたように、ギルド拠点のメインの施設は店舗という事になりそうだった。
メンバー同士で使うような会議所のような部屋は必要になるだろうが、それ以外には特に希望も上がってこなかったのである。
店舗を置くことは既に決定しているので、後はその広さを決めるくらいになりそうだとぼやいたパティに、エミーリエが思い出したように言った。
「そういえば、それぞれの拠点から直通でギルドの拠点に繋がればいいという話があったけれど、そんなもの作れるのかしら?」
「なんやそれ、そんな便利なものできたらええなあ」
エミーリエの言葉に、パティがそう答えた。
「なんだ、ないのかい?」
「うちは、そんなん聞いたことないけど?」
「私もてっきりあるかと思っていたわ」
イーネスの言葉には、首を振ったパティだったが、エミーリエがそう言うと驚いた表情になった。
「え? 知らんかったわ。そんなものあるん?」
「・・・・・・その対応の差はなんだ?」
「日頃の行いの差や。あきらめ」
きっぱりとそう言ったパティに、イーネスはガックリと肩を落とした。
そんなイーネスを放置して、パティは部屋の隅にあった端末を操作し始めた。
本当に、プレイヤーの個人拠点とギルドの拠点を結べるような施設が存在しているのかを確認するのだ。
しばらく端末でシステム内検索をしていたパティだったが、ついに目的のものを見つけた。
「あったやん! これや! 転移陣!」
見つけたときには、思わず叫んでしまったパティだったが、一緒に見ていたイーネスとエミーリエも喜んでいた。
自分の拠点からギルドの拠点に直接移動できるようになると、かなり楽になる。
個人部屋を望まなかったギルド員もこれだけは希望したりしていた。
もし設置が可能なら是非とも設置したい。
だが、三人が喜んだのもつかの間。
その設置費用に、目が飛び出した。
「何やねん。何やねん、この金額!」
「さすがに、これはなあ・・・・・・」
「払えなくはないけれど、ねえ」
最後にエミーリエがそう言ったように、ギルド員から集めた金額をつぎ込めば設置できなくはない。
ないのだが、ギルドを運営していくための資本金を除くと、ほとんどがその機能につぎ込まれることになってしまうのだ。
これをみたパティーも流石に頭を抱えた。
「・・・・・・あかん。これはうちらだけで決めていい問題やないやろ」
「そうねえ。一度、他のメンバーにも聞きましょうか」
「だな!」
三人の考えが一致したことで、結局転移陣の問題は先送りされることとなった。
三人が、ギルド員の意見を集約したことで、転移陣を設置することが決まった。
ちなみに、パティが生産職を、イーネスとエミーリアは戦闘職をまとめた。
ギルドの拠点に直接出れるようになると便利になるとほぼ全員が考えていたようで、反対意見もほとんど無かった。
それどころか、追加の資金まで集まった。
「というか、みんな、ドンだけ資金溜め込んどるねん、て話やな」
そんなことを言ったパティに、エミーリエが呆れたような視線を向けた。
「なにを言っているのよ。一番出したのはあなたでしょうに」
「そこはほら。一応、うちがリーダーやし」
視線をそらしながらそう答えたパティの肩をイーネスがポンとたたいた。
「ま、それはいいじゃないか。それよりも資金は十分貯まっただろ?」
「そうやな。正直十分すぎるほどやけど、余った分はどうする?」
追加の提供があったお陰で、転移陣を設置しても他に何か追加で頼んでも大丈夫なほど資金がある。
だが、イーネスもエミーリエも特に何を設置したいというのが思い浮かばなかった。
「まあ、残った分はギルドの資本にしていいんじゃないか?」
「そうですね。いざというときのために取っておきましょう。実際に建物が出来た時に、あれが欲しいとか出てくるかもしれませんし」
「そうやな。そうしよっか」
それぞれ二人の意見を聞いたパティは、そう言って頷くのであった。
そのあとは、建物の大まかな内容を決めて全員の承認を貰った。
大型の建物になるために、完成まではしばらく時間がかかる。
ギルドの結成の時期が重なっているために、同じように建築の依頼をしている所が多いためだ。
幸いにも「紅月華園」は、建物が今までにないくらいの規模になったため、すぐに施工する者は決まった。
もっとも、パティの店を建てたプレイヤーの所に持っていったら、すぐに取り掛かりますと勢い込んだのだが。
他の建築家や大工のプレイヤーを集めて、早速建築を始めるのであった。
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ギルドの拠点が出来るのを待つ間、パティの店は通常営業している。
いずれは拠点にできる店舗に移転する予定になっていた。
今使っている建物は、貸店舗にするかそれとも売り払うのか、まだ決めていない。
ギルドの商人に譲るというのも一つの手だが、そもそも新しくできるギルドの建物に店舗スペースが大きくできる予定になっているため使いたがる者が出るかは不明だ。
そんな営業中のパティ店に、イーネスとエミーリエがやって来た。
今回はギルドの何かがあるわけではなく、単純に買い物と遊びに来ただけだ。
「なんや。あんたらかい。また何かあったん?」
ギルド内で何か問題があったのか聞いたパティだったが、二人から呆れたような視線を向けられた。
「なんだ。うちらだって客として来たっていいじゃないか」
「そうよ。しかも、またってなによ。またって」
ギルドを立ち上げてからここしばらく、この二人が連れ立ってきたときは大抵ギルドで何かが起こっていた。
そのため、つい反射的に言ってしまったパティだったが、今回は違うと分かるとあからさまに営業スマイルを見せた。
「これは失礼しました。いらっしゃいませ」
その言い方に、今度は二人の顔がしかめつらになった。
「・・・・・・まともな対応をされると、それはそれで違和感があるな」
唸るように言ったイーネスに対して、エミーリエは何も言わずに微妙な表情になっていた。
三人は、しばらくそんな感じでじゃれ合うように雑談をしていた。
そんなことをしていると、店に一人のドワーフが入って来た。
「紅月華園」で鍛冶を担当しているベンノだ。
「お? ギルドのトップが揃いもそろって何をやっておる?」
不思議そうな顔で聞いてきたベンノに、三人は揃って微妙な顔になった。
「ギルドの事で集まっているとは思わへんのな」
「なんだ、そうだったのか?」
「いや、違うけど」
首を傾げたベンノに、パティはすぐに首を振った。
その答えを聞いたベンノがため息をついたのを見て、パティは慌てるように話題を変えた。
「それで? このタイミングで来たっちゅうことは、新作でもできたん?」
「おう! 自慢の一品だぞ」
胸を張って答えたベンノに反応したのは、パティではなくイーネスとエミーリエだった。
「おっ! ベンノの新作か。期待できるな」
「早く見せてよ」
「ちょ! 待ってーな! こんな所で出されても困るわ。ちゃんと奥に行ってからや!」
ベンノに詰め寄った二人に、パティが慌ててストップをかけるのであった。
ベンノが出した新作の防具三点を見た三人は、思わず感嘆の声を上げた。
「「「おおーーー!」」」
新しくお披露目になった三点は、重装備、軽装備、ローブだった。
そのどれもが、女性の目から見て素晴らしい出来になっている。
一言で言えば、華やかなつくりになっているのだ。
その装備を前にして、イーネスとエミーリエが首を傾げていた。
「なんでこんな無骨な顔から、こんな装備が出来るのか。不思議で仕方ないな」
「ほんとうにねえ」
「うっせーぞ! 顔は関係ないだろ顔は! お前らの要求に付き合って来た結果だろうが!」
遠慮のないイーネスとエミーリエの意見に、ベンノが顔をしかめながら答える。
「ははっ。まあええやないか。おかげでええ装備が手に入るんやし。・・・・・・それで? これには例のエンチャントが?」
「おうよ! ちゃんと入っているぞ」
全体イベントの敗北で出た結果の一つに、装備が陸上用か水中用に偏っているというのがあったため、ベンノは急ピッチでこれらの新作を作ったのだ。
一言でそう言えば簡単に聞こえるが、きちんと対応した物を作るというのは、すぐに出来ることではない。
パティは鍛冶師ではないが、そのことを分かっているので、感嘆のため息をついていた。
「ようまあ、こんな短期間で作れたなあ」
「なに。もともと考えてはあったんだ。需要が無いと思って作ってなかっただけだからな」
そうさらりと言ったベンノだったが、話はそう簡単なことではない。
まずは鉱石を加工する土台作りから始まって、最終的に行なうエンチャントまで、今までない技法を山ほど使っている。
こんなに早く対応した装備が出来たのは、ベンノが言ったとおり、以前から考えていないと出来ないのだ。
「それに、今回は儂だけじゃなく、あいつの力も大きいがな」
ベンノがそう言うと、他の三人がすぐにその人物の顔を思い浮かべた。
「ほんとに、次から次へとよくもまあ対応していくわよね」
「あいつの作業風景を一度見てみたいな」
呆れてそういった二人に、パティが慌ててフォローした。
「ま、まあ、おかげでこうして早く新作に出会えたんだからええことやないか」
そんなパティを見た他の三人は、顔を見合わせて大きくため息をつくのであった。
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「パティ様。またお客様がいらしています」
事務室で書類の整理をしていたパティは、そう言ってきたシエラに怪訝な表情を向けた。
「なんや。店なんだからお客が来るのは当たり前・・・・・・って、あの子か?」
「はい。ご想像の通りかと」
シエラが頷くのを見たパティは、書類を放り出して慌てたように売り場へと出て行った。
パティが売り場に出ると、そこには幾人かの女性に囲まれたルフがいた。
大人しく撫でられるままになっていたルフだったが、パティが来たのを見つけると「ワフ!」と一声鳴いた。
「なんや。今日は何を見に来たんや?」
ルフに近づいて一回だけ撫でたパティは、そう問いかけた。
時間が空いたルフがこうしてパティの店に来るのは、既に定番の行動になっているのだ。
勿論、来ているのはパティの店だけではないだろうが、それでも必ずパティの店には立ち寄っているようだった。
ハジメたちもルフの行動には気づいているが、好きにさせている。
それどころが、ルフが欲しがったものはしっかりと買わせるという可愛がりようだった。
もっとも、ルフも物の価値がわかっているのか、馬鹿みたいに高い物は要求してこないのだが。
そんなルフが、店のあるスペースに向かってトコトコと歩きはじめた。
「あらあら、まあまあ。ルフちゃんもそれに興味あるの?」
ルフを取り囲んでいた女性客がルフの向かった先をみて、きゃいきゃいと言い始めた。
ルフが向かった先は香水が置いてあるコーナーだったのだ。
だが、そんなことを言われたルフは、首を左右に振った。
そして、とある商品を鼻で嗅ぎ始めた。
「なんや? その商品がどうしたんや?」
意味が分からず首を傾げたパティだったが、ルフはその鼻先をパティにこすりつけた。
しばらくルフの行動の意味が分からずに首を傾げていた一同だったが、同じ動作を繰り返すパティを見ていたひとりが閃いたような表情になった。
「もしかして・・・・・・」
「何や。何か分かったのか?」
「その香水、あの人のお気に入りなんじゃないの?」
「・・・・・・へ?」
思ってもみなかった言葉に、パティはキョトンとした表情になった。
そんなパティをよそに、他の者たちが再びきゃいきゃいと騒ぎ始めた。
ついでに、女性の言葉にルフが大きく首を上下に振ったのも騒ぎの元になっている。
「うわー、やっぱりルフはお利口さんね~!」
「これはパティも張り切って付けるしかないわね!」
「そうよ! 折角ルフが教えに来てくれたのに!」
こうなってしまっては、パティにも女性たちを止めることはできない。
何より、パティ本人がその香水を食い入るように見てしまっていた。
「そ、そうか? それじゃあ、仕方ないから今度つけてみるわ」
どう見ても仕方なさそうな表情には見えないパティに、他の面々は呆れたようにため息を吐くのであった。
その後、この香水をつけたパティが店の中をうろうろしてサポートキャラに邪険にされるという事態がしばらく続いたが、店を訪れる者たちはいつものこととスルーするのであった。
本日は番外編的な閑話になります。
本編の更新は、今週金曜日(31日)からのスタートになります。
今回の更新は金曜夜の一週間ごとにしてみます。
どうかよろしくお願いいたします。




