第四十五話
「一回だけ! もう一度でいいですから! ね? 楽しいですよ?」
後ろからついてくる幻聴を無視しつつ街を歩く。朝からついてきているが、無視していれば案外害はなかった。
「お願いしますよ! やりましょうよ!」
そろそろ昼頃になるだろうか。今日はどんな所でどんな物を食べようか。午後には買い物なんかもありかもしれないな。
「ほんの少しでいいですから! 全体で見れば先っちょだけですから!」
「……昇、そろそろ反応してあげてもいいんじゃないかな? いい加減可哀想になってきたというか、断るならはっきり言った方がいいよ」
シエルにそう言われる。確かに諦めてくれるならそれもアリだろうけど、こうも熱心だと無理なんじゃないかと思う。
「負けるのがこわいから逃げてるだけだにゃ。そんなことよりトツカ様、早く次の街に行こうにゃ! 世の中の困った人を助けるにゃ!」
「ほら、昇! あんな事まで言われて平気なの? 断るなり戦うなりがんばってよ!」
「戦いましょうよ!」
……煽り耐性低くないですかね? そしてとつか少年は平常運転だ。一体何が君をそんなに戦わせようとしてるんだ。
「はぁ、なんでそんなに俺と戦おうとするの? 俺より強い奴を探してくればいいじゃないか」
「何でって、楽しいからに決まってますよ! それに、目の前にご馳走があって、それを我慢してあるかもわからないほかのものを探せと?」
「戦うのの何が楽しいのさ」
「そうですね、まずは全体的に楽しいです。元の世界じゃ考えられないくらい体が動きますし、技だって……それに、なんていうか、戦った後は世界が変わって、その感覚が好きなんですよ。あの、言葉にし難い感覚は、やっぱり強い相手と戦ったときが一番でしたから」
感覚? 言葉から考えるに経験値やレベルアップとは違うだろう。戦闘狂にしかわからない感覚なんだろうか?
「お兄さんも感じた事がありませんか? ふっと気が付いたときに、突然違う世界にいるようなあの感覚」
まったくわかんない。厨ニをこじらせると到達するのか?
「ごめん、理解できないわ」
「じゃあもしかしたら僕と戦えばわかるかもしれませんよ? ほら、戦いましょうよ!」
どうしてそうなるのか。まったくわからないんだけど。
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「それじゃあルールを確認するにゃ! 勝負は一回、両者真剣に全力を出し合い、確実に勝負が決したらそこまでにゃ。勝敗に限らず今後トツカ様は無理に勝負を挑まない、ただし全力ではないと思ったらその限りではないにゃ!」
「ふふーん、まあこの前と同じように昇が勝つに決まってるけどね。その時は素直にごめんなさいって言うんだよ」
「そんな事ないにゃ! この前は勝負が決まった後に不意をうたれただけだにゃ! そっちこそ泣いて謝るんだにゃ!」
「そんなことより早速やりましょう!」
「……回復出来るとはいえ、とどめとか差すのは無しな!」
「大丈夫です! 死ぬのが嫌だからなどと言えないように手加減のスキルを取っておきましたから、安心してください!」
俺がとつか少年と話している間に、シエルとミナさんは違う話をしていたようだ。それがどうしてこうなったのかはわからんが、この前とは違って今度勝てば二度と襲われる心配をしなくてすむわけだし、まあシエルに後で文句を言う程度で済ませておこう。というかとつか少年は持っているなら常に使うべきではないかな。
「とつか君、約束は守ってもらうからな!」
「お兄さんこそ、本気じゃなければ何度だって戦ってもらいますからね!」
ああ、殺さない程度に本気で頑張ってやるよ!




