デス・カイザーと勧誘
ボズとレイラを迎えたことで、ギルドとしての形は最低限整った。
だが、正直に言えば――めちゃくちゃ嫌だ。
実はいい人でした、という展開が通じるのは事情を知った人だけなわけで。
今の俺のギルドは「死の奴隷商人」と「奴隷」を傘下に置いただけ。
世間に知られたら評判は最悪だ。
女好きではないが、脂ぎったおっさんと二人きりというのも避けたい。
(次は……自分の足で探してみるか)
ボズに任せることもできるだろうが、ろくでもない方向に話が転がる気がする。
できれば戦闘に長けたメンバーが欲しい。
ボズはずっとギルドにいてくれるわけでなく、自らの稼業もこなす必要がある。
だから、いざという時の戦闘要員は重要だろう。
もちろんレイラは論外だ。ちびっ子を戦わせたくはない。
というわけで、俺はログレアの街へ出ることにした。
表通りは避け、あえて裏道を歩く。
冒険者や訳ありの人間は、だいたい目立たない場所にいるものだ。
俺の目的はそういう人間――ではなく、路地裏から大通りを眺め、有望そうな人材を見つけようということだ。
危ない仕事はしない。危ない人も雇わない。
心に固く誓いながら、路地裏へと足を踏み入れた。
――と、その時。
鼻をつく鉄の匂い。
(……血?)
路地の奥で倒れている男が見えた。
正確には、倒れた直後だった。
瞬きの間に男の喉から血が噴き出し、壁に赤い線を描いて崩れ落ちる。
「――――」
おそらく、もう死んでしまったはずだ。
そして、男だったモノの前には、黒い外套を羽織った長身の男。
銀髪を後ろで束ね、片手には血に濡れた剣。
無駄のない所作で刃を振り、血を払う。
明らかに慣れている。
(……やばいのに遭遇しちゃったよ)
これだから路地裏は。
息を殺し、後ずさろうとした、その瞬間。
「――誰だ」
男がこちらを見た。
切れ長の目。こんな場所でなければ、絶世のイケメンと女性が群がってもおかしくない。
視線が合う。ぞくりと背筋が冷える。
「……刺客か? 何にせよ、見られてしまった以上は――」
低く乾いた声。
言い訳を考えるより早く男は剣を下ろし、こちらへ歩み寄ってきた。
距離が縮まる。殺気がはっきりと伝わる。
俺は一ミリたりとも動くことができず、男は目の前にいた。
しかし――男は俺の顔をじっと見つめるに済ませ、わずかに目を細めた。
「……貴様、妙だな。この場を見て、逃げもせず、叫びもせず……間合いでも平然としている」
平然としていない。内心バクバクだ。
だが、熊への対応と同じだ。
焦らず、背中を見せないようにする。
こちらも負けていないぞ、と。
「平然としている、だと? 違う、興味がないんだ。人斬りに用はないからな」
「……俺を人斬りと呼ぶか」
剣先がわずかに持ち上がる。
(あ、ヤバい。これはやっちゃったわ)
こちらから見れば明らかに人斬りなのだが、彼にとっては地雷だったのかもしれない。
とはいえ、今から「やっぱ違うんです!」と焦り出すのもどうか。
こんなことならレイラくらい連れてくれば良かった。
男がどのくらい強いかは分からないが、ボズお墨付きのレイラなら何とかしてくれただろう。
死を前にして頭が高速回転するが、切り抜ける方法は一向に出てこない。
そして、男は剣を俺の方へ向け――ることはせず、ふっと笑った。
「面白い。貴様には俺が理解できるようだな。よく見れば、ただ者ではない雰囲気だ。名を名乗れ」
「て……テス・カイダだ」
いつものように名乗った。
「――デス・カイザーだ」
銀髪の男――クレイドの耳には、確かにそう名乗ったように聞こえた。
(デス・カイザー……だと?)
普通の人間が言ったのなら笑っていただろう。「死」と「皇帝」を名乗るなど滑稽が過ぎる。
人間世界でも価値のないホラ吹き。すぐにでも殺してやる。
しかし、目の前に立っている男はどうだ。
長身の自分を越す大男。服の上からでも分かる肉体の隆起。
圧倒的な自信を讃えた顔。明らかに強い。
「尊大な名を名乗るだけの事はある」
面白い。クレイドは薄く笑みを浮かべる。
『人斬りに用はないからな』
自分が笑うなどいつぶりだろうと気付くと同時に、先ほどのデスの言葉が胸に刺さる。刺さっていた。
(……俺を人斬りと呼んだ。魔王軍幹部の俺を見て、だ)
なんたる侮辱。
このままデスを生かしておくのは、自分の尊厳に関わる。
今までの自分ならそう思っていたはずだ。
しかし――いつしかそれは事実になっていた。
クレイドの脳裏には自分の友――魔王の顔が浮かんでいた。
幼い頃より共に過ごしてきた男。
いつか、ある日の会話。
『……お前はいつか、魔王になるんだろう?』
『いやいや、なりたくねぇよ……父親が魔王だからって俺まで魔王になんてさ。俺はこうやって、お前と遊んでいられればいいよ』
『残念だが、俺はそういうわけにもいかない。最強の騎士になると決めているからな』
『はぁ〜、クレイドは真面目だねぇ。俺は応援してるぞ』
『当然だ。……だが、俺は俺が認める者にしか仕えるつもりはない。お前以外にはな』
『おいおい、嬉しいこと言ってくれるねぇ。……じゃあ、こうしよう』
『……なんだ?』
『俺はさ、争いとか古いと思うんだよ。だから魔王を継いだら人間との戦争を終わらせる。お前は平和を守る騎士になってくれ』
『この俺に……平和を守る騎士になれと。面白い』
『だろ? やっぱお前は笑顔の方がいいな』
『……食えないやつだ』
そうして魔王を継いだ男は、人と魔族の架け橋になるべく行動を起こそうとした。
だが、ある時を境に――男は「魔王」になってしまった。
『クレイド……次は南に行き、勇者の手助けをしている男を殺せ』
『お前は……お前はそれで満足なのか? それがお前の目指した平和に必要なことなのか?』
『主に意見する気か? お前にこの重圧が理解できると?』
『――ッ』
反旗を翻すほど薄情でもなく、ただ魔王に指定された人間を殺すだけ。
気が付けば俺は平和の騎士ではなく――ただの人斬りになっていた。
この男は、デスは。一目で全てを見抜いたのだ。
尊大な名を名乗るだけのことはある。
「……それで?」
テスは低く、短く返す。
実際には「何が尊大なのだろう」と疑問に思っていたが、触らぬ神になんとやらというやつで、努めて雰囲気を作っていた。
対して、クレイドの目は僅かに見開かれた。
「……ほう」
また、何かを勘違いした顔だった。
「俺を前にしてその反応。敵対も服従も示さぬか」
剣を持つ手が完全に下がった。
(……何を言ってるんだこの人は?)
彼が戦う意志を治めてくれたようで助かるが、さっきから意味がわからない。
「面白い。実に、面白い男だ」
男は剣を布で拭いながら、静かに言った。
「貴様が只者ではないことは、もはや疑いようがない」
疑ってくれよ。バリバリ普通の人だから。
それに、急に俺に対する目が優しくなった気がする。
もしかして同族だと思われてるのか?
とりあえず名前だけ聞いてみるか……?
「……お前の名はなんという」
「ふっ……分かっているくせに名乗らせるとは、なかなか趣味が悪いようだな」
何がですか?
どこが面白いんだよマジで。
「俺の名はクレイド。魔王軍幹部にして、暗黒騎士と呼ばれている」
「…………ふむ」
クレイドと名乗った男は、自重気味に言った。
(うわぁ……そういうタイプか)
多分この人は転生者かなんなのか、ロールプレイが好きな人だ。
人間の街で自分を魔王軍の幹部だと名乗る根性には見上げたものがあるが、アホだ。
いや、そのくらいでなければ汚れ仕事はできないのだろう。
もしかすると、殺された男がめちゃくちゃ悪い奴だったとか、その可能性もある。
「そこの男……なぜ殺した?」
「魔王の命を受けてな……だが、お前が聞きたいのはそこではないのだろう?」
そこなんですけど。
「……俺が黙って従っている理由、か」
何も聞いてないんですけど。
俺の心の声にも気付かず、クレイドはぽつりぽつりと話を続ける。
面白勘違い男、クレイド
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