4-2 生贄のジギル
さて、ジンビー=エルライト様からは良い返事がいただけました。まあ、今の現状からするとレイクサイド領からの食糧がヒノモトに流れる過程でエルライト領を通るという事がどれほどの事がきちんと理解していれば彼は私たちを裏切る事などできないでしょうね。問題は次です。
「ユーナ!行きましょう!」
私を乗せたユーナのワイバーンを中心に編隊を組んで第5部隊の精鋭が飛びます。向かう先はシルフィード領、私の故郷です。
「セーラ!おかえりなさい!護衛の方々もご苦労様です。」
まずは冒険者ギルドでお母さんに挨拶ですよ。
「お母さん、ただいま!」
お母さんニア=チャイルドはシルフィードの町の冒険者ギルドのギルド長をしています。お父さんのロラン=ファブニールとは離婚した事になっているけど、ファブニールの館に住んでいてふつうの夫婦として過ごしているちょっと複雑な家庭事情があったりします。
「今回はどうしたの?」
「ちょっと、ジギル様にお願いしにきたというか、脅迫しにきたというか・・・。」
「それはまた物騒ね。ハルキ様がらみ?」
「もちろん。」
多分、ここが正念場でしょうね。ここさえ上手くいけば半分以上成功したようなものです。午後からジギル様の館に行くこととしましょう。
お昼ご飯はハルキ様の大好きなクラブハウスサンドイッチにしました。行きつけの店があるんですよ。ヘテロさんが、昔ここでハルキ様に頭ぐりぐりされて大変だったという話をしています。そういえばあの頃はよく3人でご飯食べましたね。
「奥方様!これおいしいですね!」
ユーナも気に入ったようです。
「これはハルキ様の大好物ッス!テツヤ様に襲撃された時もここでご飯食べてたらしいッスよ。」
「そういえば、そうでしたね。」
あの時は大変でした。ハルキ様ったら、皆さんから逃亡する事で頭が一杯でどこに行くか決めてなかったんですから。まあ、それでテツヤ様とのお会いできたことですし。そういえば、ハルキ様の秘密を教えてもらった時に、テツヤ様も前世が同じと言われていましたね。それでテツヤ様は魔人族なのに人間の女性が好きなのだとか。
「そういえば、ユーナ。ヒノモト国の常駐滞在官の話があるのですが、どうですか?」
「えっ!私ですか!?」
「ユーナなら大丈夫ッス!」
「え・・・でも・・・。私は・・・。」
おや?あまり気に入らなかったのですかね?やっぱりヘテロさんの傍を離れたくないんでしょうか?
「・・・私は今の奥方様といろいろな所に行ける役職がいいです。」
私?これは予想外でした。
「そうですか。ではこれからもよろしくお願いしますね。」
「はいっ!」
「でもそうすると常駐滞在官は他の方を選ぶ必要がありますね。またハルキ様と相談する事にしましょう。ところで・・・。あ、ヘテロさんたちはあっちで食べててください。女の子の内緒の話をしますんで。」
「えー!?ッス。」
ここからは女子の会話です。ヘテロさんやテツヤ様についてたくさん聞いちゃいましょう。
気付いたらかなりの時間をお話ししていました、ジギル様の館に急がなくてはなりませんね。
ユーナ的にはテツヤ様は悪くないけど、やっぱり魔人族は結婚の対象外だという事でした。そうなりますよね、普通。もし結婚した場合は子供とかできるんでしょうか?前例がないのでおそらくは無理なのでしょう。テツヤ様かわいそうに。
「さあ、セーラ様!急ぐッスよ!」
ジギル様の館に急ぎます。
「今日は来ないかと思っていた。」
ジギル様がお疲れのようです。
「申し訳ありませんジギル様。どうしても確認しなければならない事が急にできてしまって時間を取られました。」
「うむ、まあ良い。せっかくだ、夕飯を一緒に食べていけ。」
「はい、ありがとうございます。」
おっと、いけませんね。相手のペースに乗せられてます。さすがに元上司。
「ロランにもセーラが来たと伝えろ。」
お父様も来られるようです。
「はははっ。相変わらずの食べっぷりだ。」
「食材には罪がありませんから。」
今日は私の好物が多いですね。クレイジーシープの香草焼きが出てくるあたり、侮れません。さすが元上司に父親ですよ。
「セーラ、それで今日はレイクサイド領次期当主の妻としてやってきたんだろう。食べてばかりいないで話をしなさい。」
ごめんなさい、お父さん。でもあなたたちがこんな料理をだすから悪いんですよ。
「では、本題に入りましょう。」
今回はヘテロたちは最初から別室です。
「ジギル様は、次の王位継承戦はどなたにつきますか?」
「はははっ、えらくストレートな質問だな。」
「この面子で回りくどい言い回しをしてもしょうがないでしょう。」
「確かにその通りだ。」
現在、クロス=ヴァレンタイン宰相の失脚後、タイウィーン=エジンバラとジギル=シルフィードが二人で政治を執り行っている状態が続いているが、俄かに次期王位に関する動きが活発になっている。
まずは第1王子ルクセイン=ヴァレンタイン。表向きはシルフィード領、エルライト領、スカイウォーカー領が推すのではないかと言われている第1継承権を持つ王子だ。今年で33歳になる。能力は平凡といわれているが失策もなく無難な人選かと思われている。
次が第2王子フォーセイン=ヴァレンタイン。エジンバラ領やフラット領が推すのではないかと噂されている王子で、32歳だ。正妻の子供ではないという弱点があるが、ルクセインに比べると貴族院での成績などは優秀との事だ。
そして第3王子アイオライ=ヴァレンタイン。今年で24歳になる若さであるが、上二人の王子より優秀との噂であり、正妻の子でもある。いままで後ろ盾がなかったが、レイクサイド領がそれについたと噂され、急に王位に近くなった人物である。
「正直な話、我がレイクサイド領が推す王子を王位につかせる事が可能ですよね。レイクサイド領の食糧が必要ないのはシルフィード領とエジンバラ領だけですし。他の領地に手を回せばその二つの領地が手を結ばない限り、レイクサイド領の勢力には勝てないはずです。」
「たしかにセーラの言うとおりだ。正直レイクサイド領が本気になるのなら考えるだけ無駄だと思っていたのだが。ハルキ殿はこういった事には興味ないだろうと思うので、我がシルフィード領はまだ様子見の段階だ。」
「ジギル様はハルキ様ととっても仲がよろしくていらっしゃるので、ハルキ様の味方をしてくださるものと信じております。」
「・・・これは、いつの間にやら次期当主の奥方として貫禄がついてきたようだな。」
「ですが、問題が一つありまして。」
「なんだ?レイクサイド領が推すアイオライ王子が王位になるのに障害となるのは私だけだろう?あの様子ではエジンバラのタイウィーンの弱みは握っていると思っていたが。」
「違うんですよ。問題はハルキ様でして。・・・あの人宰相をやれと言ってもやってくれそうにないんですよね。ジギル様、代わりにやってくれませんか?宰相。」
これがダガー=ローレンス様と私の考えの違いですね。どうせハルキ様は宰相なんて嫌だというに決まっています。でしたら、最初からハルキ様の希望を叶え、ジギル様に恩を売り、アイオライ様を王位に確実につける事ができるジギル=シルフィード生贄案。これがレイクサイド領にとって最もいい作戦のはずですよ。レイクサイド領はスカイウォーカー領と同格程度の扱いにしてもらって、名誉も減りますが名誉職も減り確実に実を取る方針で行きたいと思います。
私のハルキにとっては、権力なんて求めなくても勝手に実力でついてくる物なんですよ。
「はははっ!いいだろう。私が宰相で、アイオライ王子が王になり、ハルキ殿は好きな事をするか!さすがセーラだ。一番ハルキ殿が得をするいい案だ。シルフィード領としては選択肢がないじゃないか。はははっ!」
「すでにジンビー=エルライト様からも良いお返事をもらっています。お二人がこちらにつけばルイス=スカイウォーカー様も嫌とは言わないでしょう。タイウィーン=エジンバラ様には悪いですが敵役を演じてもらいます。裏でこそっといろいろと優遇するつもりですけどね。他の小領地群は勝ちそうな方につくでしょう。引退したジルベスタ様の跡を継いだローエングラム=フラット様は私嫌いなんで無視です。」
「我がヴァレンタイン王国は私の娘の手のひらで転がっているだけだったのですな。レイクサイド領で食べ物の事ばかり考えているかと思っておりましたが・・・いやはや年を取りました。」
「もうやだ!お父さん!」
「ロラン、誇るがいい。お前の娘はこの大陸を自分の都合の良いように動かしている。あの時のお前がハルキ殿を選んだ事は正解だったという事だ。」
なんとかうまくいったようです。この後はダガーさんたちとの打ち合わせですね。アイオライ王子の奥様にもご挨拶が必要なようです。




