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3-8 マッドロブスターのブイヤベースと塩味なワイン

 古代の召喚遺跡から帰るとテツヤは無口になっていた。

「おい、テツヤ。あの日本語読んだだろ?俺たち以外にもこの世界に飛ばされている奴がいるみたいだ。」

しかしテツヤは考え事でもしているのか、「ああ」としか返事をしてこない。何か思う所があるのだろうか。

 とりあえず、あそこに日本語が書かれていたという事とそれを読めるという事は周囲には黙っておく。何があるかは分からないからだ。それにしてもヨシヒロという人物があれを書いたのがいつの時代で今も生きているかどうかが気にはなったが、あれを書かれたのは数千年前でヨシヒロという人物はもう生きていないと考えるのが一般的だろう。

 特に暦は現在4203年だ。1122年が現在の暦であっても3000年以上前になる。まだ魔人族が確認されていない時期で人類が住む大陸も多かった時代だ。


 調査をしようにも数千年前であれば何も資料が残っていない可能性が高い。それにここは魔人族の領地だ。レイクサイド領のように好き勝手ができるというわけでもない。


 結局、レイル諸島での滞在は延期となった。アイオライ王子がまだ食べたりない物があったという事もあるがテツヤが遺跡の調査報告を待っていたからだ。自分でもちょくちょく見にいっているらしい。俺も調査結果はかなり気になる。特にあの召喚の魔道具は興味深い。さすがにヒノモト国での研究という流れになってしまったが、いつの日か理由をつけてこっちでも研究させてもらおう。契約条件なしでワイバーンなどを召喚できるようになってしまうと、空母を持つヒノモト国の軍事は一気に上がることになるし、他の国が飛行部隊をそろえる時代がくると戦争の形態そのものが変わってしまう。



 2日後、レイクサイド領からの定期連絡が入った。最近の連絡はヘテロではなく、第5部隊所属のユーナである。彼女は今年で18歳になるが、召喚の資質もよくすぐにワイバーンを乗りこなすようになった将来有望な召喚士と聞いている。ちなみに黒髪ショートで明るくかわいい元気な感じだ。


「では、もう少しここに滞在する事になったからよろしく。」

「了解いたしました!レイクサイド領では特にこれといった問題は起きていないとの事です。アラン様の腰痛が悪化したくらいですので安心してください、とセーラ様からのご伝言です。」

「そうか、親父には腰が痛くて適度な運動をするようにと伝えておいてくれ。それと、兼ねてから言ってあったヒノモト国への常駐滞在官を作ろうと思う。ワイバーンに乗れて緊急時にレイクサイド領まで連絡がとれるようにしたい。いつまでもラミィさんに頼りっきりも悪いしな。」

「お伝えします!」

「じゃあ、今まで集めたお土産を持って帰ってくれ。凍らせてあるが急いでな。」

これでヒノモト国に常に1人はいることになるので連絡もスムーズにいくようになるだろう。暇な時はテツヤのタクシー代わりに使ってもらえばよい。


「ハルキ!近くにマッドロブスターの目撃情報があったぞ!さっそく討伐にいこう!」

アイオライ王子は今日も元気である。テツヤも元気を取り戻している感じだ。

「ロブスターならブイヤベースかなあ?伊勢海老だったら味噌汁がいいなぁ。」

最近はおれもアイオライ王子に毒されてきて、つい魔物の話を聞くと食べ物の事を考えてしまう。アイオライ王子はすでに船までダッシュだ。速く来いとうるさい。

「お、テツヤ、味噌はないのか?」

「ああ、味噌かぁ。ないな!」

「残念だ。伊勢海老の味噌汁飲みたかったなぁ。」

「なんだその贅沢な使い方は!だが、うまそうだな!」

「仕方ない、ブイヤベースだ!トマトソースで魚介たっぷりだったら最高だ!ワインを用意するんだ!」

今夜はブイヤベースで決定だ。ぜひセーラさんにも食べさせてあげたい。


 マッドロブスターはレイル諸島の北東の浅瀬にいた。

 人間の体よりだいぶでかい。3mくらいあるのだろうか?浅瀬を歩いている所をウインドドラゴンが背後から近寄り、背中を両足でガシっとつかむ。そして再上昇だ。手足をわちゃわちゃ動かしているが、こうなってしまったらもうただのでっかいザリガニである。

「甲殻は何かに使う?」

「いや、出汁をとるだけだ!」

では、約1000mの高さから海岸沿いの岩場に向けてフライアウェイ!


 そして落下死したマッドロブスターをもう一度むんずっと掴んで討伐終了だ。このまま港の解体場まで持って行こう。すでにここ数日おなじみの景色になっているのか、ウインドドラゴンが飛んできても誰も驚かない。甲殻も砕く手間がなくなって解体はスムーズに行えたようだ。今晩、テツヤの館で食べる分だけをもらって帰ることにする。他は一部お土産用に冷凍してもらっているが、基本的には解体場で売りに出してもらって皆で食べてもらうのだ。最近は魔物の食材が入る事が多くなって、港の魔人族もうれしそうである。

 さあ、帰ってブイヤベースを作ってもらおう。しっかり赤ワインとトマトが入っているのが俺の好み。アイオライ王子は白ワイン派らしい。どっちで作ってもらうか話し合っていると、テツヤが両方食べたいといいだした。それもいいな。


 と思ってたら、マッドロブスターを捕獲して帰ってくるとユーナのワイバーンの後ろにセーラさんがいた。

「来てしまいました。」

ロージーはヒルダが世話してくれているようだ。たまには羽を伸ばしてくるべきだと言われたらしい。 マッドロブスターのブイヤベースは非常に旨かった。今日は運転手役のユーナも一緒である。久しぶりにセーラさんと食事がとれた。ついつい、ワインを飲みすぎてしまったようだ。

「だいぶ酔ってしまったようだ。先に部屋に戻るよ。」

「おいおい、今日はやけに早いな!」

「おい、テツヤ。セーラ殿がいるんだ。察しろ。そんなだからまだ嫁がもらえんのだぞ。」

「う、うるせー!!」



 楽しい食事の会を後にしてワイン片手に部屋に帰る。帰ってセーラさんともう少し飲みたい。


 ロージーが生まれてからセーラさんとこうやって食事をする事もほとんどなかった。昔の事を少し思い出してしまったらしい。


 遺跡の日本語の事もあって、日本に残っている妻と子供の思い出があふれてきた。


 そういえば、妻も子供が生まれてからは二人で食事ができないってぼやいていたな。


 もっと、一緒にいれば良かった。


 もっと、一緒に話せば良かった。


 子供とも、もっと一緒に遊べばよかった。


「うっ、うぐっ・・・。」


だめだ。涙が止まらん。考えないようにしてきた感情が一気に爆発したらしい。



 その日、俺はとうとう自分が川岸春樹の生まれ変わりで前世の地球での記憶があることをセーラさんに打ち明けた。セーラさんは何も言わずにぎゅっとしてくれた。こんな20歳近く年下の女の子だが、俺の妻であり、俺の子の母である事を実感した。やっぱり、君がいないとダメみたいだ。



 翌日、テツヤが早く起きてきていた。朝食をとりながらもぞもぞしている。

「あ、あのよ、ハルキ。」

「ん?なんだ?」

泣き腫らして真っ赤な目がばれたか?

「常駐滞在官の話なんだけどよ。」

はは~ん、なるほど。そういう事か。なんて惚れやすい男なんだ。

「できれば、ゆ、ユーナがいいなぁ・・・なんて。」

「あ、テツヤ様。ユーナはヘテロさんにぞっこんなんですよ。」


・・・セーラさん。もう少し間接的な、婉曲な、オブラートに包んだ表現をしようね。


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