3-1 アイオライ
レイクサイド領カワベの町。物流の中心地であるこの町はレイクサイド領各地から集まる食糧を流通させるためにつくられた町である。ここの一人の男が従者とともにやってきていた。
「ここがレイクサイド領か。ヴァレンタインとちがって活気があるな。さすがだ。」
年齢は23歳、何よりイケメンだ。
「ダガー、今日はとりあえずここに泊まろう。領主館には明日着けば問題ない。」
従者の名はダガーという。実は破壊魔法の使い手でレベルが80を超える人物だった。
「アイオライ様、ではあの宿に泊まりましょう。なかなか綺麗なつくりをしております。」
アイオライと呼ばれた男は機嫌良さそうに頷く。
「そうだな、夕飯は旨い物が出てくるだろうか。」
「ええ、きっと。レイクサイド領は食べ物が旨いんです。以前来たときは、次期当主が怪鳥ロックを仕留めておりまして、流通したそれを宿でから揚げにしてもらったことがあります。あれは絶品でした。噂では次期当主の奥方の好物なのだとか。」
「まことか!?それはぜひ食べてみたい。機会があったら所望することとしよう。」
「はい、定期的に騎士団が魔物を狩っているそうなので、魔物の肉もある程度流通しているでしょうな。」
「ダガー、さっそく宿をとるのだ。夕飯まで待てん!露店を探して何か食おう。」
「はい、夕飯が食べれるように少しにしましょうね。」
この食道楽な会話をしている人物アイオライこそ、後にハルキ=レイクサイド、ジギル=シルフィード、ルイス=スカイウォーカーなどの名領主を従え、魔大陸ではヒノモト国と同盟を結び、さまざまな事業を成し遂げ、最終的に人類最高の王と言われる「帝王」アイオライ=ヴァレンタイン1世、現在はアレクセイ=ヴァレンタインの末子、その人であった。
「ハルキ様。王子がお忍びで領地に来てます。」
「ぶふおぁっ!!」
タイウィーン=エジンバラを説得(脅迫)してクロス=ヴァレンタインの暴走をなかった事にした事件から約2か月、収穫祭の準備をそろそろ始めようかというその時期に、ウォルターの知らせでハルキ=レイクサイドは久々にお茶を盛大に吹いていた。レイクサイド領は夏前のいい時期に騎士団が全員大森林で大訓練を行うという行事に加え、召喚騎士団はここぞとばかりに大森林の土木事業を全力で行ったために、意外にもレイクサイド領に不利益はあまりでていなかった。それ以上に大森林のインフラの整備が進み、資源の輸送から人員の移動までかなりの部分が是正されている。すでに荷馬車で2日あればレイクサイド領主館から世界樹の村まで輸送が行えるほどに道路は整備されてしまっていた。
「王子?なんで?」
「カワベに来られたのはアイオライ=ヴァレンタイン王子で現王アレクセイ=ヴァレンタインの末の子供になります。従者は破壊魔法が得意な「斬月」ダガー=ローレンス。かなりの強者が一人ですね。」
「目的は?」
「把握できていません。ただ、カワベで露店めぐりをしてグルメツアー中なのは確認しました。」
「グルメなのか?」
「ええ、有名です。」
「・・・ちょっと出かけてくる。」
「え?余計な事しないほうが・・・。」
「いや、魔物狩りだ。万が一、領主館に来たときのためにも御馳走を用意しておかねば・・・。」
「すでに怪鳥ロックとグレートデビルブルを用意してございます。」
「・・・いや、クレイジーシープとか・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・正直に言ったら怒りませんよ。」
「・・・面白そうだから見てきてもいい?」
俺はアイオライ=ヴァレンタイン。このヴァレンタイン王国の王子だ。継承権は第3位。兄貴が2人いる。だからこそ、俺はこんなところで買い食いができているわけであるが。
従者のダガー=ローレンスは優秀な男だ。30代にして破壊魔法を極めていると言っても過言ではない。模擬戦で負けたことがあるのはマジシャンオブアイスとよばれたロラン=ファブニールだけだそうだ。あんな男はその辺にはいないから、彼がいれば俺の旅は安全なものになると思っている。
ここはレイクサイド領カワベの町だ。数か月前、叔父のクロス=ヴァレンタインが発狂した。何をとち狂ったか、救国の大英雄ハルキ=レイクサイドが反逆したというのだ。そんな証拠もそんな行動も、何もかも叔父の勘違いだった。確かに、この数年はレイクサイド領からくる食糧で王都ヴァレンタインは成り立っているところがある。他の領地は不作がつづいているのだ。そのレイクサイド領からの物流が途絶えてしまったりする度に、ヴァレンタインに影響が出る。
これは俺からすれば今までの怠慢の結果であり、ある程度の自給率を維持するべきだったところを、他領地からの輸送に頼っていたのが間違いである。別にヴァレンタインで食糧が自給できないわけではない。
ただ、誰も農地の区画整理や水路作成、開墾などレイクサイド領で行っていたような事業を進めようとしないのだ。何も召喚獣がいないからそれらができないわけではない。効率が悪かろうが、それなりの計画を組めば時間をかけてやり遂げることはできるはずだ。叔父はそこの部分で、楽をしようとした。現実から目を背け、信じたい部分のみを信じた。その結果現実に裏切られただけだ。
まあ、そんな事はどうでもいい。今重要なのは、このカワベの町の露店でかなり旨い物を売っている店を発見したという事だ。こんなものはヴァレンタインでは売っていないぞ。何せ、グレードデビルブルの牛串だ。何?王都でも戦勝パレードの時に売っていただと?それはすでに食べた、当たり前だ。だが、こちらのカワベの牛串はピリ辛なタレが非常に合っていてなおかつ火の入れ具合が非常に良い。王都のやつは薪だったが、こちらは炭火だろう。肉を焼くにあたって、串などの火入れには炭火が最もよく、確かに分厚い鉄板も捨てがたいのだが・・・。
「アイオライ様、ちょっとお時間よろしいですか?」
なんだダガー、今忙しいのだが。
「あの冒険者、怪鳥ロックの肉をギルドに卸にいくようですよ。」
「まことか!!?ぜひ、から揚げにして食べねば!肉を分けてもらえるか交渉しに行こう!」
「分かりました。」
ギルドの中にはたくさんの人が集まっていた。先ほどの冒険者は有名人なのだろう。ほぼすべての人間が怪鳥ロックを引きずる人間を見ている。あ、他の人間が手を貸した。人望もあるのだろう。しかし、あの鳥を引きずるのにあれだけ体力を使ってしまっているが、それで冒険者など務まるのだろうか?
「あれは・・・もしかして?」
「知ってるのか?ダガー。」
「いえ、さすがに気のせいだと思います。」
完全にばてているその冒険者をもう一人のパーティーが冷ややかな目で見ている。他の冒険者はこの2人が気になって仕方がないようだ。レイクサイド万歳とまで叫びだす者もいて、見ていて飽きない。
「お、俺はホープ=ブックヤードだ、はぁはぁ。」
地面に手をついてへばっている冒険者ホープ=ブックヤードが急に自己紹介を始める。かなり違和感のある光景であるが、誰もつっこまない。レイクサイド領はこういう所なのだろうか。
「ハル・・・ホープ様。なんで今日は僕がお供なんですか?他にも誰かいるでしょ?まあ、お供自体は嬉しいからいいんですけど、そんな情けない姿はあんまり見たくないなあ。」
童顔のもう一人のパーティーが愚痴をこぼす。パートナーを尊敬しているのかしていないのかよくわからないコメントだ。
「うっさい、テトが手伝ってくれんから・・・はぁはぁ。」
「だってなんでわざわざ自分の手で運ぶんですか?意味わかんない。」
「事情が・・・ある・・・んだよ。」
ホープは完全にばてており、怪鳥ロックがギルドの職員の手で奥へと運ばれていく。
「おい、ダガー、あれはギルドと交渉すればいいのか?」
「アイオライ様、おそらくはそうですが、もしあの冒険者が肉をギルドに売るつもりがなければ冒険者と交渉が必要となります。まずはその確認をしますか?」
「そうだな。おい、そこの冒険者の人!聞きたいことがある!」
ホープ=ブックヤードはこちらを向いた。
「な、なんでしょう?」
「さっきの怪鳥ロックは肉もギルドに卸したのか?実は怪鳥ロックの肉を食ってみたくてな。」
「ああ、だったら肉はギルドには卸さずこっちにもらえるように頼んである。妻の好物なんだ。よかったら少し分けてあげよう。」
「それはありがたい。」
「俺はホープ=ブックヤード、あんたは?」
「アイオライだ。こっちはダガー。レイクサイドの町まで行く途中だ。」
これがハルキ=レイクサイドとの、俺の人生を変える男との出会いだった。
自分の中では「遂にアイオライきたー!」って感じです。




