6-4 心の声を聞いてみる
エルライトの町の郊外に約2万のエレメント帝国ニルヴァーナ軍が集まっていた。魔人族の混成部隊からなるその軍はエレメント帝国の中でも屈指の強さを誇る軍であったが、ここヴァレンタイン大陸に上陸してからは徐々に数を減らしている。そして、将軍ニルヴァーナは更なる悲報を聞くこととなった。
「ジンが・・・討ち取られたと!?」
衝撃の報告があったのはその日の昼頃の事だった。朝、海岸線から移動してエルライトの町に布陣するヴァレンタイン軍を叩く予定だったのだ。おそらく、ヴァレンタインの独立遊撃部隊は海岸線に残された部隊を破ったのちに本隊の裏を突くつもりであったのだろうが、そこに罠を仕掛けていた。輜重隊に見せかけたのは防御力の高い部隊で、それに第1部隊隊長のジンが率いる遊撃隊を合わせた約8000名がヴァレンタイン独立遊撃部隊を待ち受ける構想だった。
最初の報告は5000名で防衛陣を敷いた部隊に激突したヴァレンタイン独立遊撃部隊は即座に撤退、それをジンの遊撃隊が追跡したとの報告だった。3000対3000であれば、ジンは今まで負けたことなどない。そもそもジンが負けるところなど想像ができなかった。この30年間、一度も期待に応えなかったことなどないのだ。
しかし、ジンの遊撃隊の生き残りは思いもよらぬ報告をした。
「アイシクルランスが先頭で間延びした編隊でした。明らかに撤退中でした。しかし、ハ、ハルキ=レイクサイドが急に前に出てきました。今まで、あいつは何があっても後方に待機しててジン隊長は中々射程内に入らないあいつに苛立ってましたから。それで、好機とみたジン隊長が精鋭を引き連れて突撃をかけたんです。でも・・・。」
生き残りは思い出すのも嫌なのか、そこで大きな息継ぎをした。
「でも、ジン隊長の突撃が急に止まったと思ったら、ハルキ=レイクサイドの槍がジン隊長の背中から出てたんです。あいつはジン隊長なんか気にしていないかのようにジン隊長の体を地面に捨てると、ジン隊長に続いて突撃を仕掛けていた副長たちの顔の前に小さな召喚獣を召喚しました。それで、皆動きが一瞬止まってしまって、気付いたら空から土の巨人が降ってきたんです。あの陣地に降り注いだ奴です。なす術がなかった副長たちは、あっと言う間に・・・・。」
「さらに指揮が取れる人がほとんどいなくなってしまった俺たちをあざ笑うかのように巨大な竜が出現しました。その竜が通った後は暴風が・・・、かなりの多くの仲間がそれで落馬したり転倒したりしました。起き上がった俺たちの所にあいつらの軍が突撃してきて・・・・。めちゃくちゃでした。気付いたら、ほとんどの仲間が討ち取られてました。」
ニルヴァーナ軍、いやエレメント帝国軍の中でも精鋭中の精鋭であるジンの遊撃隊がこうも軽く捻られるなどとは信じ難かった。しかもジンが単純に得意の槍の戦いで討ち取られるなどとは。ハルキ=レイクサイドを舐めていたつもりなどなかったが、これは更に上方修正が必要なようだ。
「えっと、エルライトの町にエレメント軍を入れてしまえば、こっちの勝ちなんですよ。」
「とりあえず、貴公の意見は、まずは理解できない物が多いが、聞いてみる事としている。」
「そんな回りくどいこと言わなくていいのに。」
こちらヴァレンタイン独立遊撃部隊のハルキ=レイクサイドとジギル=シルフィード、及びその側近たちの行軍中会議。
「もう補給が足りませんからね。あの数の軍隊の必要量は今エルライトにある量じゃ無理です。この辺りでは王都ヴァレンタインまで行かねばなりません。なので、エルライトで時間を食ってくれると自然崩壊します。」
エレメント軍は2万を超す。その数が一旦エルライトに入るだけでも何日かかることやら。
「ふむ、道理だな。」
「なので、今からやる事は嫌がらせだけで十分です。だれもニルヴァーナと戦う必要すらありません。どっちかと言うと、ジギル殿はジンビー=エルライトの説得に行って下さると有難い。物資を全部引っこ抜いてエルライト放棄すれば兵士も死なないし、ニルヴァーナ軍も王都ヴァレンタインに直行以外の選択肢がなくなります。選択肢のなくなった腹の減った軍隊なんて誰でもヤレマスヨ。」
「しかしジンビー=エルライトが首を縦に振るか・・・。」
「どっちでもいいです。エルライトと共に死んでもらっても時間稼ぎできますし、嫌がらせに加わってくれても時間稼ぎできます。エレメント軍なんて腹減った状態で毎晩空爆してやれば精神的も病んでくるでしょうし。時間稼ぎと嫌がらせで、この戦争は終了です。いい時期に落とし処を見つけて交渉するのはクロっさんの役目でしょう。」
「貴公が恐ろしいな。」
「エルライトとヴァレンタインの間の行軍を襲う想定はしこたまやりましたから、あとはフィリップでも大丈夫ですね。ではあとは任せたイツモノヨウニ。」
「ああっ!待てい!」
しかしこの予想は思いもしない形で裏切られることとなる。
「王命です。魔人族の軍隊を絶対に王都ヴァレンタインに近づけないようにエルライトの町を死守せよ、とのことです。」
王都からやってきた使者は横柄にそう言い放った。おそらくどこかの貴族なのだろう。こちらがシルフィード領主とレイクサイド領次期当主と分かっていても態度を崩さない。
「ハルキ殿、落ち着かれよ。王命は絶対だ。」
「その通りでございます。それともレイクサイド領の次期当主は反逆の意志があるのですかな?」
ああもう、面倒だ。面倒すぎる。すでに勝ったも同然の戦いに何故さらに多くの犠牲を積み重ねばならん?
「確認ですが、もちろんクロス=ヴァレンタイン宰相もこの王命の事をご存じでしょうな?」
「クロス=ヴァレンタイン宰相は作戦会議の議長を務められるお方。会議で承認された議案の中で重要なものを現王アレクセイ=ヴァレンタイン様が王命として出されたに決まっているではありませんか。」
つまり、国が腐り始めている。いや、もとから腐っていたんだな。おっと、またしても川岸春樹が出そうになったじゃないか。危ない危ない。
「謹んで拝命いたします。」
「ふん、最初からそう申しておけば良いものを。」
さて、どうするか?現代日本人は理不尽な命令なんて慣れてるもんね。環境のせいにするのではなく、自分と環境を変える努力をせよ。と、偉い人に酒の席で言われた事があった。レイクサイド陣営の簡易指揮テントへと戻る。まだあのクソ貴族のせいでイライラする。
「おい、ウォルター。あのクソ貴族の収入源の調査だ。戦争が終わり次第、レイクサイド領を上げて経済的に潰しにかかってやる。二度とこういう事がないように弱みも握っておけ。」
王都ヴァレンタインに表立って逆らうのはよしておこう。だが、「王都ヴァレンタインなんぞ貴族の割合が多くて経済的にきちんと成り立ってるわけがない。他領地からの貢物だとかその他もろもろでなんとかやりくりしているに決まっている。どちらが上かはっきりさせるいい機会だ、この俺を敵に回した事を悔いるがよい、ぐははは。」
「ハルキ様、心の声が漏れてますよ。」
「あ、ごめん、セーラさん。」
「大変ですけど、ハルキ様にしかできない事なんです。頑張りましょう。」
セーラさん・・・やっぱり俺は君がいないといけないみたいだ。
そう思うと、ちょっと冷静になってきた。王命は「エルライトの死守」。2万5千の魔人軍相手に防衛軍5千と独立遊撃部隊3千で死守か。要するに死ねと言いたいのもなんとなく分かった。では、奴らの裏をかいてどうするか?
「セーラさん、お願いがあるんだけど。」
「なんですか?」
「膝枕して・・・。」
そこに懐かしい声がやってくる。
「おーい!ハルキ!お前ジンを討ち取ったんだって?さすがオイシャ様だな、はっはっは。・・・リア充爆発しろや。」




