表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/43

庭園にて

ラウラ視点です

 夜の庭園を私は歩いていた。真っ黒な木々の葉が風に揺られ、ざわざわと音を立てた。夜の湿った土のような匂いが私は好きだ。


 この国では、夜になると空気中を漂う瘴気は一層濃くなって渦を巻く。近付くと病になると言われていたし、恐ろしいものと思っていた。だけど今、瘴気は私にそっと寄り添ってくれる。


 瘴気を恐れる人々は家に閉じこもり、ベッドの中で毛布こそを守りとして息を潜めているのだろう。夜行性の鳥だけが夜にふさわしく低く鳴いた。ふと、風に運ばれてお父様の香水の匂いがした。


 お父さんでも陛下でもなく、お父様と呼ぶようになった人。私の血縁上の父であることは確かだが、本当はまだあまり父とは思えない人。


「どうしたのですか?」


 私は背後を振り返り、渦巻く闇に声をかけた。ジャリッと敷石を踏みしめる音がした。月の光に照らされ、幽玄な輝きを放つ銀の髪と精悍な面立ちが現れる。お父様は大股で一歩ずつ、私に歩み寄った。


「ラウラがどこかへ行ってしまわないかと心配でな」

「どこか?ドミヌティア邸でしょうか?」

「ああ……」


 私と同じ、金色の瞳が瞬きながら私を見つめる。政務で疲れていそうだ。


「お父様を置いてどこかになんて、行きません」


 私は安心させるように言ったけれど、あまり効果はなかった。お父様の眼差しは私を見ているのか、私に瓜二つと言われるイリスに見ているのか時々わからなくなる。


 イリスはお父様に何も言わず、小さなケンカを発端のようにしてお父様の前から消えてしまった。その古傷が、私のせいで疼いているのか明らかなのに、お父様は気づかないふりをしている。だから私も何も知らないふりをして少し笑った。


「本当か?彼らは、使用人の娘に過ぎないお前を知性ある淑女に育て、本当によくしてくれた。好意を持つのも当然だ」

「そうですね」


 王宮に来た私は教育係の人に驚かれ、感心された。彼らは、平民として育った私に、大貴族と同等の知識が身についているのは驚愕すべきことだとした。最終的には、お父様の血筋が流れているからだとそちらを褒めたけれど、私はドミヌティア家の厚意の賜物だろうと感謝している。


「だが、教育や衣食住以上のものを対価としてラウラはしてあげたんだ。ラウラは、誰よりも優れた光魔法で彼らを治療してあげたのだから、もう義理を感じる必要はないんだ」

「そうですか」


 義理を感じる必要はないそうだ。お父様がそう言うならそうなんだ、と私は深く頷く。感謝はしても構わないようだ。


「疑う訳ではないが、では、今お前の頭の中を占めている存在は誰だ?」

「お父様です」

「私に気を遣うことはない」


 探る眼差しが私に降り注いだ。


「本当です。こうして歩きながら、お父様が来てくれることを願っていました」


 嘘をついた。気なんか遣わなくても、お父様がどう答えて欲しいか丸わかりだもの。何も望むなと私に教えながらも、お父様は私の愛を望んでいる。


「仕方ない子だ」


 お父様が表情を緩め、苦笑して腕を広げるので、私はお父様の胸に飛び込んだ。上質な生地は滑らかで、その下のがっしりした胸板が心地好い。


「ラウラには私の得た全てをあげよう」

「ありがとうございます」


 何かの象徴のように、お父様は自分の着ていたガウンを私の肩にかけた。サイズが大きいのと、十分温まっていることで私は少し暑く感じたくらいだ。


「さあ、戻ろう」


 私はやっぱり何もいらないけれど、お父様はくれると言う。私たち父娘の間には、どれだけ抱きしめ合っても埋められない溝があった。


 ゆっくり歩調を合わせて王宮の建物入口に戻ると、そこには妾たちがいた。不自然に吹きさらしの回廊に並び立っている。私と同じように、寝衣にショールや薄めのガウンを羽織っただけの美女たちは、羨望と嫉妬の眼差しをして寒さに震えていた。


「やあロザリア、エレディア、テレジア。今夜も美しいね、愛しているよ」


 お父様は薄っぺらな言葉を投げかけた。ぎこちなく彼女たちは微笑みを浮かべる。お父様は跡継ぎを作るためこんなにも妾を囲っていたそうだ。ただ、私が王宮に来てから夜の訪いはなくなったと耳聡い侍女から聞いた。


「君たちはもう寝なさい」


 有無を言わせずに彼女たちの前を通り、私の部屋へと向かう。私とお父様の関係に色事は当然ないけれど、どことなくお父様は私を恋人のように扱った。だから、彼女たちの怒りの矛先は私へと向かう。


 それでも私に害を与えられることはない、と私もお父様も自信があった。闇は随所にあり、私はいつでも彼女たちを操れるし、命を奪うことも容易だ。


 私の部屋に入ると、いつの間にか書き物机に手紙が置かれていた。部屋を出る前にはなかったものだ。ガラス製のペーパーウエイトは、しっかりと役目を果たして分厚い封筒の上に鎮座しているから少し気になってしまう。


 ちらりと視線を動かす私に、お父様は首を振った。


「手紙なんて、いつでもいいだろう。ラウラはもう寝なさい」

「はい」


 私から先ほどのガウンを脱がせ、無造作にその辺に置いてお父様はベッドの上掛けをめくる。私が横になると、壊れ物を覆うように上掛けをかけて上から馴染ませて隙間を埋めた。きっちり包まれると暑いけれど、私は何も言わなかった。


「寝付くまで隣にいてやろう」

「嬉しいです」


 お父様はベット横にある椅子に腰掛けた。そして私の頭を撫でる。頭を撫でられるのは嫌いじゃなく、すぐに眠気がやってくる。


「ラウラ、近いうちに地割れの場所に行こうか」


 地割れというと、数十年前の地震によってできた瘴気の発生源の場所だ。とても寝物語の雰囲気ではなく、私は重たいまぶたを開ける。


「地割れ?どうしてですか?」

「愛しいラウラ。大臣どもは、一刻も早くお前に世継ぎを産ませようと夫選定の醜い争いをしているんだ。自分の血縁者を宛てがうため、他者を蹴り落とそうとしている。だが、私はお前が死ぬところなど見たくない」


 私は子を産めば、全ての魔力を子に奪われて死ぬ。脈々と受け継がれた王族の血筋はそういうものというのだから、受け入れる気でいた。


「私は構いません」


 だって産まなくてもいつかは死ぬのだから。ドミヌティア侯爵から、そんな風に言うのはやめてくれと懇願された記憶が少し胸を苦しくするけれど、国の安定のためには仕方ないことだ。

 強い魔法使いが国王であることが国防の要なのだから。このフォーブライトという国が、長く戦争に巻き込まれていないのも国王の権威あってのものだ。


「考えてみたらおかしな話だ。二人で一人しか子ができぬのなら、滅びるのが生命としての定めだろう。なぜこんな血筋を繋げたのか、実に下らない」

「それは……」


 私たちの血筋が減っていくものだとしても、ほかの人たちが何人か子どもを産めば問題ないのではと私は瞬きを繰り返した。それが社会とか、国家という気がする。


 お父様は血走った目を見開いた。


「あの地で、私の力をやろう。そうすることでラウラは自由になれる」

「自由って?お父様はどうなるのですか?」

「無事では済まないだろう。いいんだ、お前を誰よりも愛しているから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ