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決別

「傷つけているのは陛下では?ラウラにおかしな考えを吹き込んだようですね」


 私は敢えて自身の立場を顧みず、生意気な口をきいた。ジェラニク国王は余裕ありげに眉を上げる。


 しかし彼に凭れて立つラウラは少しの余裕もなさそうで、青白い顔を俯かせる。豪勢な部屋や王女の身分があっても不安そうで、部屋履きの足元は覚束ない。驕るつもりはないが、ラウラが私の侍女をしていたときの方が、絶対に気持ちが安定していた。


「おかしな考えではない。親として、自身の経験を通して得たものを教えただけだ。私とラウラはよく似ているからな」


 ジェラニク国王は同意を求めてかラウラに向かってそう言い、ラウラは力なく頷いた。やはりこの男の影響か。


「陛下は何不自由ない方と存じていましたが、余程つらい思いをされたのですか?」

「そうとも、多くを持つものは孤独だ」


 教えてくれるとは思わなかったが、そのひとことでかなり理解できた。ジェラニク国王は多くの才能と地位に恵まれた存在だ。天才的な魔法の才能、美麗な容貌、そして第一王子だった。


 侯爵家の跡取り息子の私でさえ周囲の声や期待が嫌になることがあったのだから、重圧は想像できる。称賛の声というのはそのときは嬉しいが、やがて足枷のように体を重くするものだ。


 失敗が恐ろしくなり、弱い自分自身を守るためにイメージとしての仮面をかぶって、与えられた役割を演じるようになる。そうなると、どれだけ華やかな社交の場にいようと表に出ない素の自分は孤独のままなのだ。


 それでも、わかってくれる人がひとりでもいればいい。私にとってはそれがラウラだった。ラウラは表の私を見ていても、美しい金色の瞳で全て見透してくれているとなぜか信じられた。ああでも、ジェラニク国王はイリスに逃げられてしまったのだった。まさか、若い時分の失恋体験を元にラウラに何にも期待しないよう教え込んだのか?


「……陛下、ひとつお聞きしても」

「駄目だ、もう夜も遅い。楽しい時間はお開きだ」


 ジェラニク国王の手を上げる合図ひとつで、近衛騎士たちが左右から私の腕を強く掴んだ。強制的に追い出されても文句を言えない立場ながら、わざとらしく与えられた痛みに腹が立ってしまう。テオも同様に痛めつけられ、小さく唸った。


「私が招いたお客様です。丁重にお見送りしてください」


 勢いよく顔を上げたラウラが、涼しい声で近衛騎士に命令をした。かばってくれた嬉しさで、私は彼女と目を合わせる。先ほどの不可解な魔力の暴走から立ち直ったらしく、強い眼差しをしていた。


「ラウラ」


 気の利いた台詞が思い浮かばず、ただ彼女の名前を呼ぶ。ラウラは優しく目元をゆるめ、血色を取り戻した唇が弧を描いた。


「ドミヌティア侯爵、テオ卿、さようなら。あなたたちとお話することはもうありません」


 微笑みながら、なんとひどいことを言うのだろう。彼女の笑顔に油断していたためか、決別の言葉は胸に鋭く突き刺さった。



 ◆◇◆



「困ったね、取り付く島もないって感じだった」


 テオはため息をつきながら、がっくりと肩を落とした。


 王宮の裏門から丁重に追い出された私とテオは、待たせていた馬車に乗り込んで帰りの道中にある。なお、ジェラニク国王は王宮への不法侵入について『今は不問とするが、そのうち頼みごとをするかもしれない』と嫌な笑い方をしていた。


「まあ、まだ策はある」

「どんな?」

「カトリーヌ夫人を呼ぼう」


 夫亡き後もカトリーヌ夫人と今だに呼んでしまうが、ラウラの母親である彼女をほかにどう呼称すべきかわからないのだ。


「ああ、あの人……育てのお母さんの説得ならラウラも聞いてくれるのかなあ?」

「そのはずだ」

「でもさ、カトリーヌ夫人もちょっと冷たいよね?復讐が済んだらラウラを置いて自分だけ遠くに行っちゃうなんて。ちゃんとラウラに愛情があるのかどうか」

「わからない」


 父上が亡くなった馬車の事件後、危険が及ぶかもしれないとカトリーヌ夫人を遠方の領地に匿っていたがもう彼女の身の安全を心配することはない。なぜなら犯人は御者のエルンストその人で、カトリーヌ夫人はわかっていて黙っていた。


 一度はきちんと話し合いたい人だ。いや、全て詳らかにしろと問い質したいくらいだ。



 馬車がドミヌティアの邸宅の敷地内に入り、私は暗闇の中に鎮座する見慣れた建物を眺めた。王宮ほど装飾的ではないものの、堅牢かつ伝統的な建築物だ。しかしここにはラウラのいない寂しさのせいか、夜の瘴気のせいか陰鬱な雰囲気がした。


 外壁の清掃もたまにはやっているはずだが、白い漆喰の壁は闇夜に侵蝕されてよく見えない。この邸宅の主だった父上はもういない。頼る人がいない心もとなさが、急に胸の奥を締め付けた。最低な父親だったが、それでもこんな夜には寂しく思うようだ。


「効いたなあ、ラウラのあれ」

「ああ」


 テオも喪失感に打ちひしがれているようだ。どこかで、ゆっくり話し合えば解決すると簡単に考えていた。だが、そうではなかった。


 幼い頃から、ラウラはずっと私を好きでいてくれた。愚かなことに、私は彼女から自信を得ていた。


 ラウラもなしに、この先どうやって自分の芯を保てばいいのか。





 翌日、カトリーヌ夫人への手紙をしたためている間に彼女から手紙が届いた。それはラウラから預かった手紙に対する返信だった。


 かなりの厚みがある封筒で、内容がひどく気になってしまう。おまけのようにもうひとつ薄い封筒があり、私宛だった。私はそれを急いで開封する。


「これは……」


 挨拶文のあとに、彼女がこちらへ向かうという内容だった。馬には乗れないので手紙を持った使者よりは遅くなるが、必ず向かうと念を押していた。それから、ラウラ宛の封筒も本人に見せる前に読んで構わないとあった。


 私はもどかしい気持ちで分厚い封筒を開け、中身を取り出した。便箋は2種類あり、ひとつは何でもない白い紙だが、もうひとつは古ぼけて黄色くなっていた。


 誰が書いたものかと確認すると、イリスがラウラに宛てて書いた手紙だった。


 それから数日後、カトリーヌ夫人が到着した。

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