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一瞬の闇

「あなたたちも、私に何らかの役割を期待しているのでしょう?私が目も当てられない不細工で、光魔法も使えない役立たずだったら構ってくれましたか?」


 ラウラは挑むように立ち上がり、浅い呼吸で肩を上下させた。なぜかひどく怒っている。私はどう宥めたらいいか判断がつかなかった。仮定の話をしても仕方ないと言えばもっと怒らせてしまいそうだ。


 しかし、かわいらしくて光魔法に長けているのがラウラだ。それがラウラという人を構成する要素なのだ。外見から好きになったことは浅はかかもしれないが、今やどれほど外見が変わろうが光魔法がなくなろうが愛せる自信がある。


「ほらやっぱり。いいんです、自分の欲望を優先させるのが悪いこととは思いません。みんなそうやって快楽のために人と関係を築くのでしょう」


 私が言い方に迷っている間の僅かな沈黙を肯定と取り、ラウラはひとりで結論を出した。そして私と同じように戸惑っていたテオにつかつかと歩み寄る。


「子どもの頃、私に勉強を教えてくれてありがとう。いいことをした気分になれたでしょう?私も同じ気持ちでした。あなたの病を治すことで達成感を得ていました。だからもう終わりです。お互いに利用し尽くしたんです」

「ラウラ……」


 気迫に圧され、テオはぽつりと彼女の名前を呼ぶだけだった。ラウラは今度は私の間近に来た。知らない花の香りを纏った赤い髪を手で後ろに払う。


「私に気まぐれで優しくしてくれてありがとう。さぞやいい気分だったでしょう?ほんの一言で私は照れて真っ赤になったりして、面白かったですか?」

「違う、気まぐれなんかじゃない」


 そこだけは否定したくて、私は素早い反論ができた。


 ラウラに話かけるときは周囲に多くの目があるから使用人に対して過分すぎないようにと、でも彼女にだけは好意を知って欲しいと、何十もの会話パターンを考えて頭の中で練習して、やっと決行したものだ。


 本当はもっと話しかけたかった。ただ母上に伝わればラウラが追い出されるかもと思っていたし、途中からは望まぬ婚約者がいたから話しかけられなかったんだ――とは、言い訳がましいだろうか?


「……気まぐれであってもなくても、もうどうでもいいことです。私は何もいらなくなりました。誰にも愛されなくていいんです。でもおかしなことに、そうしたら全部手に入ったのです」


 私の内心の迷いを斬り捨てるように、ラウラは美しく残酷に微笑んだ。素顔なのに、ラウラの唇は薔薇色をしている。


「あなたたちは、私が好きだから危険を冒してでも来てくれたのですね?」


 その通りだ。私たちは愚かな行いをしている。好きで、大切で、自分より愛しいから来た。そう言ってしまいたいが、今のラウラに踏み躙られる予感がして口が開かない。


「そうだよ」


 信じられないことに、テオは軽い口調だった。無防備な姿勢に驚くばかりだ。


「僕はラウラが大好きだよ。だからさっきの騎士と遊ぶのはもうやめて、僕にしなよ。ああいう人相の男は粘着質なむっつり変態野郎に決まってるから」


 テオは私の顔を見てニヤリと笑い、どさくさに紛れて自分を売り込む。いや、やり手すぎるだろう。


「まあ」

「あと、国王は危険な思想の持主だよ。ラウラ、君はたぶん子どもを産んだら死んじゃう体質だからどんな男を連れて来られても断らないといけない」


 更に伝えるべき本題に入り、テオは声のトーンを真面目なものとする。


「知っています。お父様が話してくださいました」

「じゃあ」

「人は遅かれ早かれ、いつかは死ぬのだからどうでもいいことです」


 流石に聞き捨てならなかった。


「ラウラ、どうでもいいはやめてくれ」

「……失礼しました。ごめんなさい」


 ラウラは呆気なく謝った。そもそも本当は私が敬語を使うべきだが、ラウラはずっと何も言わないでいる。その辺りには頓着していないのだろう。


 ただし、彼女の心をささくれ立たせている敏感な主題はある。そこに説得の余地を見出した。


「誰に愛されなくてもいい、というのもやめてくれ」

「どうしてですか?」


 再び、ラウラは若干の怒りを滲ませた。金色の瞳が熱を帯びたように揺らめく。


「亡くなった君の母君、イリスは本当に君を愛していた。だから、今君がここにいるんだ」

「あなたに何がわかるんですか?」

「ドロテアに話を聞いたんだ。彼女はイリスと友達だったそうだ」


 テオの母とラウラの母が友達だったなんて妙な話だが、それらも今に影響を及ぼしている。考えてみれば、親たちの行動に踊らされているのが私たちだ。


「伝え聞きくらいで……」


 煩わしさを隠しきれず、ラウラは眦を赤くした。


「ラウラは愛されて生まれたんだ。だから自分の幸せを投げ出すな。他者の自分勝手を許すのにどうして自分には許さない?」

「わかったようなことを言わないで!」


 一瞬、目の前が暗くなる。シャンデリアが急に消えるはずがないのに、どうしたことだろうと天井を見上げた。いくつもの蝋燭の灯火は、絶えることなく燃えてクリスタルに光が反射していた。


「あっ……」


 ラウラが蒼白となり、口に手を当てた。もしかすると何らかの魔法を暴走させたのかもしれない。テオも不思議そうに周囲を見回していた。


 私は大丈夫だと声をかけようとしたとき、ドアの開く音がした。


「盛り上がっているようだな」


 多くの近衛騎士を引き連れたジェラニク国王が、ゆったりとした足取りで部屋に入ってきた。顔色を失くしたラウラの頬をそっと撫でる。ラウラは慣れた様子で目を細めた。


「しかし私のラウラを傷つけないでもらいたいものだな。そろそろお帰り願おうか」

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