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数奇な運命

「ラウラは自身を光魔法使いだと思っているだろうが、闇の属性も持っている」

「待って下さい、闇の属性なんてあったのですか?」


 ジェラニク陛下がここで嘘をつく理由もないけど、私は常識的に信じられなかった。魔法の属性は光、火、水、風、氷、地の6属性だと信じてきた。

 単語の意味で考えれば光があれば闇もあるかもしれないけれど、闇属性が何を意味するのか、よくわからない。


「あるとも。闇属性こそ全ての始まり、魔法そのものなんだ。闇があるから光がある」

「そうなんですか」


 概念を覆されるようなお話で、私は力なく相づちを打つしかできない。


「同じ闇属性を持つ私には、ラウラの魔力が手に取るようにわかるよ。これは私と同質のものだ。ほかではあり得ない」


 実際に手を取って握っている陛下は、いたずらっぽく微笑んだ。その意味するところは――


「もしかして、今日よりずっと前に私の魔力を確認されてましたか?」

「勘がいいね。ドミヌティア邸の前まで行けば確認できた。あのときは会いたい気持ちを我慢するのが大変だったよ」


 きちんと私の顔を見たのは今日が初めてだけれど、陛下はかなり以前に、確認を済ませていたようだ。


「では私の持つ闇の属性が、魔力の高い人と触れた場合に黒屍病を引き起こさせるのでしょうか?」

「その通りだ。自覚していないようだが、ラウラは常に闇属性の魔力を放出した状態になっている。魔力の高い人とは、魔力に親和性のある人だから、ラウラに触れると闇の魔力を過剰に吸収し、必要な防御壁を失わせる。そもそも黒屍病とは魔力への体の耐性がなくなった状態のことだが……この話はまた今度にしよう」


 黒屍病についても陛下は世の中に知れ渡っていないことを知っている様子だが、一旦切り上げてしまった。


「ドミヌティア侯爵の黒屍病は、ラウラが引き起こさせたんだね?」


 隠しても仕方ない感じがするので、私は頷いた。


「そうです。お父さんが馬車の事故で亡くなったあと、イルゼン様は泣いている私を慰めて抱きしめてくれたのですが、そのときだと思います。責任を取って治療したいので、ずっと王宮に居るのは遠慮したいのですが」


 どさくさに紛れて、近いうちにドミヌティア邸に戻りたいなとアピールした。しかし陛下は考える素振りもなく、首を横にふる。


「ラウラが人々を診療所で治療するのは2日置きだろう?彼もその程度で十分だ。つらければ神殿に行けばいい」


「でも、イルゼン様の発症があったから私は首都に残ったのです。それがなければ、私は今頃イルゼン様の紹介してくれた温暖な領地にいました」

「どういうことかね?」


 私と陛下がこうして出会えたのも、全部イルゼン様のおかげなのだ。私を父の連帯責任で裁くこともなく、ただ慰めてくれた。もうあの御者の家には居られないし、何かの事件に巻き込まれたかもと安全で温暖な領地に送ってくれようとした。


 結局私は残ったので、とても口に出して言いたくないようなことも教えてくれた。だからこそ、私は治療活動を始めた――イルゼン様やテオ様の協力があったから可能だった、などと詳細に伝えた。


「ふむ」


 なのに、陛下はイルゼン様を怪しむように目を細めた。


「運命とは数奇なものだ。イルゼン・ドミヌティア侯爵は、あなたからすると素晴らしい人物のようだね」


 イルゼン様の名前を口にするとき、先代侯爵様への憎しみがしっかり込められている気がした。だけど聡明な陛下ならわかっているはずだ。イルゼン様に何の罪があるというの?


「はい。私は、彼が好きなんです。先程は許可できないと仰っていましたが、イルゼン様との結婚を許して下さい。そうしたら、できるだけ陛下の望むように致します」

「かわいい愛娘の願いだ。何でも聞いてやりたいところだが……」

「だめなんですか?!どうして」


 私は陛下の発言を遮るように口を挟んでしまった。陛下は気分を害したようでもなく、優しく微笑んだ。


「そう焦ることはない。立場が変われば感情も変わる。今までは彼を仰ぎ見ていたかもしれないが、これからは跪く彼を見下ろすことになる。その呼び方もやめて、新しい環境に慣れてから自分の気持ちをゆっくり考えるといい」


 立場が変わったって私の気持ちは絶対に変わらないのに、陛下はわからず屋の父親ごっこでもしたいのか、結論を先延ばしにした。


「わかりました」


 そう言ったものの、私の声には不満がありありと表れていた。いつの間にか、陛下がとても偉い人ということを忘れて感情的になってしまっている。これが、血の繋がりによる安心感なんだろうか。


「話してばかりで疲れただろう。続きは後にして、しばらく休憩するといい。あとで侍女が来る手筈になっている」

「まだ平民の私に侍女ですか?侍女は貴族令嬢の方ですよね?」

「賢く、心根の清い者をよく選んだ。すぐにラウラは正式に王女となるのだから、胸を張っていればいい」


 陛下は私に微笑みかけ、やや名残惜しそうに部屋を出た。私は落ち着かない気持ちで、豪華な部屋を見て回る。ドミヌティア侯爵邸で与えられた部屋も十分華やかだったけれど、ここはもっと贅沢な匂いがする。値段の想像がつかないというか、きっと王室御用達の職人を抱えていて、王家以外では買えないとかそういうものだろう。


 そうだ、お母さんに手紙を書かなきゃ。


 私が王女になってしまいそうなことを伝えたい。ジェラニク陛下について、イリスから何も聞いていなかったかも確認したい。室内には物書き机があり、高価そうな便せんやインクも揃えられていた。


 便せんを無駄にしたくないので椅子に座り、腕組みをして内容を頭の中で取りまとめる。だが、ノックの音で私の思考は遮られた。返事をすると、侍女が2人入ってくる。


「お初にお目にかかります。マリアン・アルノワと申します」

「お初にお目にかかります。セリーヌ・グランデと申します」


 優雅にカーテシーをする二人は、共に伯爵家の令嬢だ。私はとてつもなく気後れした。


「すみません、私の侍女なんて引き受けて頂いて……」

「とんでもございません。身に余る光栄と存じております」

「マリアンと同じ気持ちです。ラウラ殿下は、国王陛下のたったひとりの大切なご息女様です。侍女に選ばれ、この幸運を神に感謝いたしました」


 殿下って呼ばれてしまったー―


 耳がこそばゆく、二人の視線を浴びているのに掻いてしまいそうになる。


「それにラウラ殿下のお美しさと言ったら!生まれついての品が内側から溢れているのですね」

「本当に、どんなドレスもお似合いになりそうですね。では晩餐の席の準備をお手伝いいたします」


 マリアンとセリーヌは多分、悪意なく褒めちぎってくれている。褒め上手なんだろう。でもそういうのに慣れない私は非常に気持ちの扱いに困り、愛想笑いしかできなかった。


 元々着ていたドレスから、よりスカートが広がったドレスに着替えて晩餐の席に向かった。何でも、国王と王妃と私、3人で食事しなければいけないらしい。


 さっき会ったばかりのジェラニク陛下はともかく、王妃のアデル陛下と対面するのは緊張する。はっきり言って嫌だな、と思いつつ大人なので我慢した。案内されるがまま、私は広い食堂で待機した。

 すぐに扉が開き、ジェラニク陛下にエスコートされてアデル陛下がやって来る。

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