話し合い
「どのようなものでしょうか?」
私がジェラニク陛下の娘だという、はっきりした証拠があるようだ。イリスが妊娠していたことも陛下は知らなかったのに全く意味不明である。なのに陛下は優位にある人の笑みを浮かべた。
「ドミヌティア侯爵や彼の弟、そしてかつての婚約者であるシノール侯爵令嬢にまつわる出来事を調べた。私の遺伝による影響のひとつだろう」
「……どういうことですか?」
この部屋には近衛騎士や侍従など、多くの人がいる。聞いたことをペラペラ余所に話すような人たちではないだろうけど、背中に冷や汗を感じた。私のせいで3人もの人を難しい病気にしてしまったのだから。
「ラウラが気に病むことはない。これからゆっくり教えてあげよう」
ジェラニク陛下もまた、私と同じように黒屍病を引き起こさせる体質だとは思えない。日常生活が困難になりすぎる。
なにか王族特有の、秘密の能力でもあるんだろうか?
王族の扱える魔法は全属性だという。そもそも、建国の王が神から魔法を授かった。貴族たちはその力を分け与えられたが、高位貴族でさえひとつの属性しか扱えない。だからこそ王族は尊ぶべきものとされてきたが、その辺りに謎を解く鍵があるのかもしれない。
結局、私はその日から王宮に泊まることになった。陛下のやり方は強引だが、ここで事を荒立てる理由も特になかったからだ。危害を与えられることはないだろうし、王女になりたい訳じゃないけど、陛下の娘であると立証されるのはありがたい。イルゼン様と異母兄妹じゃない、ということになる。
2日後に予定していたトルドー診療所での治療にはちゃんと行っていいというので、私はその日の再会をイルゼン様と約束して、お見送りをした。
ジェラニク陛下は入念な準備をしたいタイプなのか、その後通された部屋はまさにお姫様の私室、といった感じに調度品や壁紙、ベッドなどが揃えられていた。
花柄の壁紙、猫足の家具、三連になったピンクのカーテンの上飾りなどが、若干目にうるさいくらいだ。私には少し子どもっぽいかな――
「気に入ってくれたかな?最高の状態でラウラを迎えたかったんだ」
輝く笑顔のジェラニク陛下なので喜ばなきゃ、と義務感で笑う。
「とても素敵です。こんなに歓迎して下さって恐れ多いほどです」
「そう遠慮することはない。ラウラを正式に王女とする準備は既に済ませてあるのだ。昔のように要領を得ずに動き、愛する人を失うことはないよう全て確実にしてある」
陛下が言っている失った人とは、イリスのことだろう。だけど私はまだまだ落ち着かない気分だ。
「陛下、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「私は診療所で治療を始める前、神殿に行きました。そこでゴティエ司教と面会しています。ゴティエ司教は間違いなく自分の孫として認めて下さいました。その件について陛下はご存知ではないのですか?」
私はたくさんの疑問があった。あれからゴティエ司教は何度も使者や手紙を送ってきている。無視していたが、国王陛下なら早い時点で、絶大なる権力でもって私を呼んでもおかしくない。なのに陛下の動きはずいぶんと遅かった。
「報告はあった。その頃から、私はラウラを調べていたよ」
陛下はさっと目配せをして、まだ扉の前で待機していた騎士や侍従を退室させた。そして自らはソファに腰かけ、横に座るよう優雅に手のひらを上に向けて招く。
「おいで。今のラウラは知りたいことだらけなんだね?何でも、望む通りに教えてあげよう」
国王陛下と横並びにソファに座るなんて、今朝起きた時点では想像もしてなかった。私はそろそろと慎重に、広がるスカートの裾をさばいて何とか座った。可笑しいとばかりに、陛下は口元を押さえる。
「懐かしい。イリスもたまに神官服ではなくドレスを着るとそんな行動をしていた」
「私に彼女の記憶はありませんが、大体の女性はこうするのでは?」
「どうだろうな。しかしそうか、イリスの記憶はないのか」
「私を産んだときに亡くなったそうですから」
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ。罪の意識があるなら私が全て背負う。父親としてせめてもの責任だ」
突然、降って湧いた父らしき人は私の手を包むように握って自分の膝の上に置いた。それは私を育ててくれたお父さん――エルネストの行動と同じで、つんと鼻の奥が痛んだ。
お父さんがいないからってこの人に頼ってもいいものか、心が軋む。未だにあの事件の犯人はわかっていない。
私は陛下の金色の瞳を見つめた。数多くの経験に裏打ちされただろう、思慮深い眼差しが返ってくる。
この国の最高権力者で、建国史上もっとも偉大で強力な魔法使いである陛下は、私ひとりに頼られたからといって重荷にならないかもしれない。
そう思っても心の整理がつかない私に、ジェラニク陛下はゆっくり語り出した。
ジェラニク陛下がまず話してくれたのは、イリスとの出会いについてだ。魔法に目覚めた10歳の時分だったという。
「王族は強い魔力を持つが、慣れないうちはその魔性に体が蝕まれ、黒屍病のように体中がひどく痛む。見た目に変化はないがね。光魔法が有効なため、私はイリスの治療を受けるようになった。2歳上のイリスは大人っぽく、美しかった。治療の際に会話を重ね、私たちは互いに想い合うようになった」
そこから甘ったるい恋人時代の話が続き、イリスがいなくなる直前のことにたどり着いた。
ちょっとしたケンカをしたという。
結婚できるよう当時の父王に働きかけていたのに、イリスは突然、妃になんてなりたくないと言い出した。
「私を誘惑したのも、全部父からの指示だったとまでイリスに言われたよ。つまり神殿の上位神官の娘は機会を見て王族の子どもをもうける慣習があるそうなんだ。強い魔力を持つ子どもを産むために」
私はゴティエ司教の金色の瞳を思い出した。陛下と同じ色だし、イリスもそうだ。もしかすると、ゴティエ司教と陛下は親戚くらいに近いのかもしれない。
「だが全然妊娠しないし、本気にされて重い、などと言われて若かった私はあまりに辛くなってしばらく距離を置こうとした。しばらくしてイリスが失踪したと聞かされた。しかし私は信じなかった。ゴティエ司教によって存在を隠匿されたのだと思ったんだ。」
「そんなこと可能なのですか?」
私の質問に、陛下は苦々しく笑う。
「神殿内は王であっても権力の及ばないところだ。神の名のもとに平等だからな。それでなくとも私はまだ王子で無力だった。父王とゴティエ司教に阻まれ、二度と会えないようにされたのだと解釈した。だが、違ったんだな。あなたをお腹に宿して本当に失踪していたなんて考えもしなかった」
深い後悔が滲み、陛下の瞳を濡らした。
「イリスはきっと、自分の子どもに自由な人生を与えたかったのだと……今は思う。彼女はよく、自分の不自由さを嘆いていたから。だから、イリスの意思を尊重したかった。父として迎え入れるべきか迷い、密かに護衛だけをつけて見守っていたんだ。しかしラウラの国民人気があまりに高くなり、もうドミヌティア侯爵家だけでは守りきれなくなるだろうと動いたんだ」
私はできれば言いたくないことを言うべきか迷い、喉の奥が締め付けられるように痛んだ。イリスが神殿から逃げ出したのは、そんなきれいな理由だけじゃない。妊娠がわかってる状態で先代侯爵の件があったのか、後なのかでイリスの行動の意味が変わってしまう。
手を握られたままなので、私が手に汗をかいていることが陛下に察知された。陛下は優しい眼差しで促した。何でも言ってごらん、と。私はどうにか重い口を開いた。
「先代の侯爵様がしたことをゴティエ司教から聞いていらっしゃらないのですか?」
「まさか、何かされたのか?私はラウラの周辺についてよく調べさせたが、十分な給料をもらい、厚遇されていると聞いている」
私の発言は誤解を生んだらしく陛下は眉をひそめた。ドミヌティア侯爵邸内の誰かからの伝え聞きでは知りようがないのだろう。
「私ではなく、イリスに対してです。無理矢理、襲ったようです。それで、私は先代侯爵様の娘である可能性もあるのではないかと」
陛下はしばし固まり、飲み込めないものを気力で飲み下すかのように喉が動いた。
「何てことだ。あの男がまだ生きていたら、私が体を引き裂いてやったものを」
「彼はもうお墓の中です」
「墓を壊してやりたい、あいつに安らかな眠りなど必要ない」
こちらが怖くなるほどの怒気を込め、陛下はそう言った。だけどすぐに首を振って、ひとつ息を吐く。
「そんなことをしても無意味だな。遅すぎた。イリスは私に相談してくれなかった。私が信じるに足る存在ではなかったのだろう」
「わかりません」
「しかし、ラウラが私の娘であることは明らかだ」
冷静さを取り戻し、陛下は表情を取り繕った。




