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王城へ

「どうして私宛てなんですか?」


 平民の私に王室から手紙が来る理由がわからず、私はカファロさんに尋ねた。


「ラウラの日頃の行いでしょう。必ず本人に開封させるよう王室の使者から念を押されたので、中は見ていません。さあ」


 私の日頃の行いというと、黒屍病の人をたくさん治療したことと思われる。私は聖女だとかと持て囃され始めた。そうは言っても結局のところ私はドミヌティア家の使用人に過ぎない。もしも私を王宮に呼びたいのならイルゼン様宛にしてラウラという使用人を連れて来るように、と書くべきなのだ。


 疑問はありつつ、とりあえず銀色に光るトレイから封筒をつまみ上げようとした。しかし指先が震えてどうにも上手くいかない。


「あ、あれ……」


 なぜこんなになっているか自分に問いかければ、イルゼン様が愛の告白をしてくれたからでしょ、と内なる自分が答えた。


 そうだ。まだ信じられないけど、苦しい茨の道だけれど、私を愛してるって言ってくれた。

 いつから?

 どのタイミングで?


「すみません、手が震えて……」

「ふふ、いくら王室からのものとはいえ、手紙はあなたを取って食べたりしませんよ。落ち着いて」


 子どもを宥める口調になってカファロさんは微笑んだ。私が手紙に怯えてると思ったようだ。カファロさんとまともに会話するようになったのは最近だが、私を昔から知っているため度々子ども扱いをされてしまう。でもね、私は大人の女になったんですよ。だってイルゼン様が愛してるって言ってくれたから。


 まだ苦戦していると横に来たイルゼン様が黙って手紙をトレイから拾い上げ、渡してくれた。たったそれだけで、命を救われたように嬉しくなってしまう。だってイルゼン様は愛を持って私に手紙を渡してくれたのだから。


「ありがとうございます」


 頬の辺りが燃えるように熱く感じながらもどうにか震え続ける手で手紙を開封し、中身を読んだ。私の両隣からイルゼン様とカファロさんが覗き込んでいる。


 内容は、私の黒屍病への治療行為を褒めるもの、そして国王陛下がいくつか質問をしたいので王城に来るようにと私を招待するものだった。日にちと時間まで既に決められて書かれているので、ほぼ召喚命令だ。


「ふむ、ドミヌティア家に仕えるラウラが王城に呼ばれたとなると、きちんとした格好をしなければいけませんね。品位ある服装でなければ当家の威信に関わります」


 横から手紙を読んだカファロさんが顎に手を当てる。イルゼン様も首を縦に振った。


「そうだな。用意しておいて良かった」


 イルゼン様はどこか誇らしげである。指定された日にちは3日後なので、確かに今からきちんとしたドレスを仕立てるのは間に合わないだろう。


 賢明なイルゼン様は、私の評判が高まり始めた頃に服飾師を呼び、高価そうなドレスをいくつも発注したのだ。「いずれ必要になる」と言っていたけれど、思った以上にそのときは早かった。


「今やラウラの治療は、国全体を巻き込んだ大きな潮流となっている。黒屍病が治る病気となったのだから。今後も続けるなら王の後ろ盾があった方がよいだろう。私も同行するから心配することはない」


 イルゼン様は冷気すら感じさせる青い瞳で、何度も私の持つ手紙を読み込んだ。


 お手本のように美しい筆致は恐らく書記官によるもので、最後にだけ国王陛下のサインがある。力強い書体でジェラニク・フィリップ・オルリーゲンとあった。


 王宮への訪問予定は、特に私の心をかき乱すことはなかった。婚約解消をしたイルゼン様の態度が一変したことで頭の中のほとんどが占められていたからだ。


 二人きりになると、隙あらばイルゼン様は私を抱き寄せた。これきり先がない関係だけど、私はそうされるだけで嬉しかった。同時に切なかった。


 無言でいるイルゼン様の胸中には、複雑な思いが渦巻いているとわかってしまう。私ではイルゼン様を幸せにできない。どうしたらいいのかは当然訊けなかった。どうしようもないのだ。


 私たちは全く違う思いを胸に抱き、ただ寄り添う。どうしてかイルゼン様は前よりも遠くに感じられた。




 いよいよ明日は王宮に行くという夜、私はイルゼン様の寝室に呼ばれた。


 いつも通りの黒屍病の治療だ。難なく治療を終えたのだが、イルゼン様は私をベッドに引っ張り、そのまま私を裸の胸に抱いた。とても信じられない積極性で、これもまたイルゼン様の知らなかった一面かと私は心臓が暴れるに任せた。


 声を出したらこの幸せが泡のように弾けてしまいそうで、私は黙った。ドクドクと鼓動が鳴り響くイルゼン様の弾力ある胸に頬擦りし、その感触を得難い幸せとして味わう。


「王室からの手紙が、ラウラを名指ししていた理由を考えたんだ」


 唐突にイルゼン様は話を始めた。あまりロマンチックではないけれど、すごく彼らしくて好ましい。


「失礼ですよね。私もあれはどうかと思いました」

「ラウラの功績は評価したいが、ドミヌティア家の功績とはしたくないという意味だろう。恐らくラウラをドミヌティア家と切り離そうとしている」


 そんな策略もあるのか、宛名だけでそこまで深読みしなくちゃいけないなんて、と私は頬をイルゼン様の胸にくっつけたまま口を開く。


「私はずっとイルゼン様のお傍にいたいです」


 自然と言葉が出たが、少しの間、空白があった。


「……気持ちは嬉しいが、独身のままのラウラでは難しい。王家の末席の誰かとの結婚を命じられる可能性が高そうだ」

「私はそんなの嫌です」

「誰とも結婚する気はないと言うだけでは、王命を拒否しきれないだろう。しかし、ラウラは外国に亡命する気もないんだな?」

「もちろんです」


 我儘だけれど、私は光魔法使いとしてやり甲斐を感じている。多くの黒屍病の人たちを置いて外国に行くつもりはない。


「色々考えたのだが、もしもそのような話になれば、私と結婚する予定として欲しい」

「いいんですか?!」


 ガバっと身を起こし、イルゼン様と見つめ合った。彼の青い瞳は、熱い炎が燃えるように揺らめいていた。イルゼン様はゆるゆると起き上がり、私の手を握った。


「ああ。以前から噂もあったことだし、私たちは既にそのような仲だと言えば頭の固い王家の人間は引くだろう。結局ドミヌティア家に力が片寄ることになるが、その分の埋め合わせは私が何とかする」

「はい、ご迷惑をおかけしますがお願いします」


 やっぱりイルゼン様は頼りになるな、と私は安心しきって手を握り返した。イルゼン様は急に頬を赤くして、何度も咳払いをする。


「ラウラが良ければ、予定だけではなく……本当にしたい」


 目尻が赤らみ、緊張が見て取れた。私が断るわけないのにイルゼン様は多くの勇気を使ったみたいだ。嬉しすぎて、なんて答えたらいいのか私の口が縫い合わせたみたいに開かなくなる。


「私たちは今以上の関係になれないが、形式としてだけなら夫婦になることは可能だ。ラウラを守るためだと説明したらカトリーヌ夫人もきっと許してくれるだろう」


 お母さんだって許してくれるに決まってる。イルゼン様の手を強く握った。


「私はイルゼン様と同じ気持ちです」

「そうか」


 この一瞬だけは同じ気持ちになれたと思う。私たちは始まったばかりなのに、なぜかいつも終わりを恐れている。すぐに壊れてしまいそうな危うい関係ではなく、結婚という強固で普遍的な形が喉から手が出るほど欲しかった。




 翌日は、意気揚々と王城に乗り込んだ。


 付き添いとしてイルゼン様が一緒に来てくれているので、何も恐いものはない。少しの申し訳なさはあったが、私ひとりで国王陛下とお話なんてできそうもないので頼るほかはないと思う。


 イルゼン様は当主になって日が浅いながらも、ドミヌティア侯爵として貴族院に名を連ねる方で、王宮に何度も来たことがあり慣れている。また、国王陛下と言葉を交わしたこともあるそうだ。イルゼン様が言うには、気さくな雰囲気だとのことだ。もちろんくだけて喋るわけにはいかないけれど。



 馬車を降り、案内の人たちに通されたのは、恐らく私的な応接室だった。壇上に玉座があるような謁見の間とかではなく、家具や調度品は豪華ながらも落ち着いた雰囲気の部屋だ。


 ソファに座って天井の彫刻を眺めていると、すぐに扉が開く音がして、慌てて立ち上がる。


「ジェラニク・フィリップ・オルリーゲン陛下の御成りです」


 侍従の方が高らかに宣言をした。

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