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議論

「ここで話す内容でもなさそうだ、来い」


 テオ様が激昂してるというのに、落ち着き払った態度のイルゼン様は玄関ホールから右の廊下へと進む。その方向には、イルゼン様の執務室がある。


「だからさ、そういう偉そうなのやめてよね!大体いつもイルゼンは……」


 後を追うテオ様は文句が止まらないで喋り続ける。何にしても、これは兄弟ケンカかな?


 神殿に行ったことに怒ってるみたいだけれど、私は席を外しておこう、そう思って気配を消して後ずさりしていたら、くるっと二人が振り向いた。


「ラウラも来るように」

「ラウラには怒ってないからね、早く来て!」


 妙なところで揃って呼ばれてしまう。やはり私にも関係ある話らしかった。それにしても、どうしてテオ様は、神殿に行ったことにこんなに怒っているのだろう。


 ここ数日のテオ様は、第三騎士団の任務が忙しいとかで邸宅にいなかった。そのため私の出生についての話は、まだ一切していないのだけれど。



 執務室に入ると、彼らは無言の了解で続き部屋にある応接ソファに座った。私は紅茶でも淹れようかと、この部屋にある魔導具でお湯を沸かし、用意を始めた。とりあえず温かいものでも飲んで、落ち着いた方がよさそうだ。


「ここなら誰にも聞かれることはないから何でも話せるだろう。それで、テオは何が言いたいんだ?」

「ラウラを神殿に連れていくなんてバカの極みってことだよ!これでイリスの娘だってみんなに知られた!奴らはラウラを欲しがるよ!」


 まだ伝えてないのにテオ様は知ってたの?


 私はカップを取り落としそうになり、ガチャンと危なげな音を立てた。カップは割れなかったが、イルゼン様の驚きに見開かれた目と視線が合う。


「知っていたのか……生前の父上がテオに話していたのか?」

「いや、僕の観察力と独自の情報網のたまものさ。ふんぞり返ってるのんきなイルゼンとは違うんだよ。ごめんね、ラウラ?別に知っていいことはないから黙ってたんだ。お茶なんかいいから、ここに座ってよ。ラウラの話なんだから」


 テオ様が私に向かって手招きする。だけど、私はすぐに応じる気になれなかった。テオ様が苦笑しながら、私の側までやってきて肩に手を置く。


「僕も知ったのはつい最近だよ、怒らないで。えーと、僕の黒屍病が治ったあとくらいかな、父さんのラウラを見る目がやばくてさ。ラウラは僕と結婚するんだから狙わないでねって牽制したんだ」


 テオ様と結婚するつもりはないが、私は話の腰を折らないように頷いて続きを促した。もうこの世にいない先代侯爵様について、なるべく多くの情報を知りたかった。暫定、私の血縁上の父親かもしれない人だ。


「そしたら父さんが、ラウラとは絶対に結婚しちゃいけないって焦ってさ。なんで?って聞いたらしどろもどろに星の巡り合わせが悪いとか、占星術なんて全然知らない父さんが言うから。もしかして血が繋がってるのかもって思ったんだ」


 相変わらず、テオ様は感心するほどに鋭い人だ。騎士団所属じゃなければ探偵になった方が良さそうなくらい。でもこの間の「結婚しよう」発言はどういうつもりだったのだろう。


「まあそれで父さんの女性関係に一番詳しそうな母さんに聞いた。父さんは寝言でイリス、イリスってよく言っていたそうで、その名前の女性で色々調べたら、19年前に失踪したイリス・ゴティエに行き着いたって訳」


 テオ様は自身の母君の話題になると、ちょっと言いづらそうに頭をかいた。彼女は長きに渡って先代侯爵様の寵愛を受け、今も元気に首都で暮らしている方だ。既に産みの母がいない私に気を使ってくれたのかもしれない。


「ね、ラウラはうれしい?僕とイルゼンが兄弟だとしたら」


 話題を変えるようにぱっと笑顔を作り、テオ様は無邪気に訊いてきた。私は少し考えてから、答える。


「仲間に入れたみたいでうれしいです」


 イルゼン様とテオ様はよくケンカしているけれど、実のところ羨ましく思っていた。だって私にはそういう歳の近い、気のおけない関係の人がいないのだ。感情のままぶつかっても、決して断絶されないという安心感があってこそ、ケンカができるのだろう。


「うれしいだと?」


 今まで黙っていたイルゼン様が、低く重々しく割って入った。その顔は――怒りなのか悲しみなのか複雑すぎて難しい。


「ご、ごめんなさい、イルゼン様は嫌なんですね。そうですよね、私なんかが……」

「そうじゃない!違うんだ!ラウラは他人として好意……いや、尊敬してるから、血が繋がってて欲しくなかったんだ」


 兄になるつもりはないと拒否されたようで、私は意気消沈した。イルゼン様は、私がこの世に産まれて良かったと言ってくれたわりに、私とは他人の距離感でいたいんだ。つまりそれくらいの好感度しかないってことだろう。


 私はイルゼン様に好かれたくて、すごくがんばって来た。幸いにも光魔法の治療でお金はもらえたから、肌や髪の手入れに高いものを使えたし、言葉遣いや所作だってドミヌティア家にいる人たちにちゃんと習った。


 でも、イルゼン様は私の熱い視線に応えてはくれなかった。私が、イルゼン様に愛されるような器じゃなかったと結論づけるのはあまりにもつらい。血縁的に近すぎたからと理由がつけば楽になれるもの。


「あっはっは、やっぱラウラは最高!」


 私の気持ちをよそに、ケラケラとお腹を抱えて笑いころげたテオ様は、やがて息を整えた。


「ね、やっぱり僕と結婚しようよ」

「え?」

「は?近親婚は法律でも宗教的にも禁じられてるだろ、テオは何を学んできたんだ?」


 テオ様の爆弾発言には驚かされるばかりだ。私とイルゼン様は正気か、と疑ってしまう。テオ様はまた笑い、得意げに人差し指を立てた。


「表向きにはラウラはエルネスト夫妻の娘だから、問題ないよ。神殿の人にはイリスの娘だと知られたけど父親は、まだはっきりとしてないから大丈夫」

「はっきりしないから避けるべきだろう、体の弱い子どもが産まれたらどうするんだ」

「ああ、イルゼンってば結婚すなわち子づくりなの?妄想膨らませすぎだよ、やらしい」


 からかうテオ様に対して、イルゼン様は黙った。これは本気で怒ってる雰囲気だ。


「あの、この間もテオ様は結婚しようとおっしゃいましたけど、冗談でする話ではないですよ。やめましょう?」


 この場を収めようとして私はテオ様にそっと囁いた。


「この間だと?」


 小声だったけれど、十分イルゼン様にも聞こえたらしく迫力ある低い声で問われた。


「そうだよー、僕はラウラと結婚するんだ」


 テオ様は私が答えなくても勝手に話を進めるところがある。彼は私の両手を取り、紫の瞳をうるうるさせた。


「わからないことを悩んでも仕方ないよ。僕はラウラが好きなんだ、ずっと心に決めてたんだから」

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