秘密の開示
私とラウラは異母兄妹かもしれないが、つい最近まで知らずに惹かれていたのだ。しかももう大人である。なのに、夜に治療のためだと寝室に呼んでも彼女はのんきにやってくる。そんなラウラに対して、私にできることは忍耐のみだった。
ラウラははっきり言って絶世の美女だと思う。外見ばかり好きな訳ではないが、幼い頃からかわいかったし、18歳になった今は咲いたばかりの花のように瑞々しく美しい。
まだまだ限界はなく、日々美しさの最高到達点を更新し続けている。赤い髪、抜けるように白い肌、宝石のような金色の瞳、柔らかそうな丸みのある頬と、素晴らしい箇所を並べ上げればきりがなく、どれだけ眺めても飽きることはない。
しかしどうやら父上やテオが、侯爵邸の男性使用人たちに対して、『用事がない限り話しかけるな、変な気を起こして近付くな』と言いつけていたらしい。だからラウラは、自分が男性にとってどれだけ魅力的なのかわかっていないのだ。
その無防備さも、ラウラの魅力のひとつとなってしまっている。だが異母妹かもしれないのだから、変なことを考えるなと心の中で自分を叱咤しながら手袋や服を脱いだ。
私の罪や内面を表すように黒く染まった患部を曝すと、彼女の金色の瞳がすうっと細まる。
いつもこうだ。私の黒屍病の症状を目にすると、ラウラは雰囲気が変わる。
普段は優しげで寛容な表情なのだが、光魔法使いとしての使命感が湧くのだろうか?
罪を許さない、裁きの代行者のように厳格だ。その目は私を見ているようで、どこか遠いところを見ている。無我の境地にでもたどり着いているのかもしれない。
そしてラウラの手から、仄かな癒やしの光が放たれて私の体の黒い瘴気を浄化してくれる。
ラウラは知らない。この治療があまりに早く、的確であるということを。
神殿にいる並の神官たちはもっと時間がかかるし、こんなふうに手をかざすだけでは済まない。ひとり治療するのに、一時間や二時間かかるのだ。手をかざし続けると疲れてしまうので、直接患部に触れるというか、手をそこに置く状態で治療していると聞いた。
だがラウラは私に指一本触れない。それどころか眉ひとつ動かさず、彼女自身が放つ神々しい光に淡く照らされている。私は彼女を見上げながら、自分が醜い欲望を抱く獣になった感覚になる。
これでも体つきは悪くないと思う。アカデミー在学中、武術や剣術の授業のあと、着替えていたら同級生に褒められることは多かった。しかしラウラは何も言ってくれないし、触ってくれないのだ。
励ます程度でいいから触ってくれないか――などと馬鹿なことを考えている間に、ラウラは驚くべき早さで腹部を侵す瘴気の治療を終えていた。
ラウラは引き締めていた口元から、ふうっと息を吐く。その唇がどんなに私を誘惑しているかも知らないのだろう。口紅などしていなくても、薄い皮膚から透ける血色は中心に近づくほど赤く、潤っている。
どうかその唇で、テオに触れていませんようにと願うばかりだ。
それもこれも、テオの嘘のせいだ。どうやって黒屍病を克服したのか質問したときに、テオが『キスで治った』なんていい加減な嘘をついたせいでどうしても意識してしまうのだ。
テオはまだ、ラウラの出生の秘密を知らないからそんなふざけたことを言うのだろう。いずれ話さなければと思うが、父上が亡くなってから半年、私は迷い続けてきた。ラウラの意思により、黒屍病の治療目的で私の専属侍女としたが、私は彼女を守りきれなかった。
完全に私の力不足なのだが、今のように物理的な距離が近ければ、私たちは磁石のように引き合ってしまう。少なくとも私はそうだ。これ以上深みに嵌まる前に、真実をラウラに告げなければいけなかった。
起き上がって服を着た私は、重苦しい話を始めた。
「……昼の話の続きだが」
「はい」
ラウラはピクッと肩を反応させる。昼間、途中まで言いかけて中断した話をするには、今のほかはないだろう。
「ゴティエ司教には馬車の事故後、何度も面会を求めた。だが私とは会ってくれないんだ」
「そうなんですね。じゃあその人が一番怪しいんですよね?」
「ああ。父上を狙う理由があるのは、彼だけだ。私との面会を拒む点も怪しい」
私は正式にドミヌティア侯爵となったのだから、何らかの利権を求めて会ってくれてもいいはずなのだ。
ドミヌティア侯爵家は、王室を除けばこの国で最も資産を持っている。金儲けに貪欲だというゴティエ司教が、公式行事の準備だとか様々な理由をつけて私を避ける理由がわからない。
「それで、だ。私と一緒に神殿を訪問して欲しい」
「はい」
ラウラは簡単に了承の返事をした。なぜなのか聞きもしない。
ラウラのその顔が、神殿の彼らにとってどんな意味を持つかも知らないままに返事をさせてしまった。ラウラは母親のイリス・ゴティエにひどく似ているから、行けば真実を知ることになる。
先に、私から説明するべきだろうか――カトリーヌ夫人は必要であればラウラの母親について本当のことを教えてあげて欲しいと手紙に書いていた。自分にはとても言えないからと。結局、彼女も勇気がないのだ。
「イルゼン様?具合が悪いのですか?」
「具合は悪くない。神殿に行く前にラウラに言うべきことがあるだけだ」
「何でしょう」
音もなく、彼女の喉が上下に動く。私が勿体つけてしまったので、緊張させてしまったようだ。早く言わなくては。
「ラウラが知りたくもない真実だ」
「真実であれば、私は知りたいです。教えて下さい」
蛮勇なのか、正しい勇気なのか、私には判別できなかった。ただラウラの金色の瞳は澄んでいて、奥深い輝きを放っていた。
言えば、彼女を傷つけることになる。それでも一時的なもので済むはずだ。ラウラは若く、多くの可能性を秘めている。残酷な真実を知れば私を見限って、自らの意思で遠くへ行こうとしてくれるだろう。
「ラウラの母親についてだ。ラウラの母親は、カトリーヌ夫人ではない。イリスという、ゴティエ司教の娘だ」
ラウラは息を呑んだ。それだけで私の寿命が縮まりそうなくらいに胸が痛んだ。この上で、父親についてはまだ言えない。
「そんな……お母さんは私には教えてくれなかったのに、どうしてイルゼン様が知っているんですか?」
「父上が、生前に残した私宛の手紙に書いてあったから、カトリーヌ夫人と確認のやり取りをした」
「じゃあ私のお父さんは?」
ぐっと言葉に詰まり、私は奥歯を噛みしめる。
「まさかお父さんが浮気したんですか?だから誰も教えてくれなかったんですか?」
「そうじゃない。妊娠中のイリスという女性をエルネストとカトリーヌ夫人が偶然、保護をした。彼女はそのまま離れの家で出産したが、イリスは出血多量で亡くなったそうだ」
ラウラに伝えるにはあまりにむごい内容で、私は胸が痛くて仕方なかった。大体の予想通り、ラウラは目を潤ませ始めた。
「それが事実なら、私は受け止めます。話してくれてありがとうございます」
盛り上がった涙を零すことなく、ラウラは少し顔を上げて深呼吸をした。私より、よほど精神的に強いかもしれない。
「それで、どうして私の出生が神殿に行くことと関係するんですか?」
「イリスという女性と君は本当によく似ているからだ。イリスを知る人と会えば、すぐにわかるだろう」
「イリスという人の娘として、祖父であるゴティエ司教に面会を求めに行くんですね。わかりました」
悩んでいたことが馬鹿らしくなるほど、ラウラは淡々と受け止めた。見た目上は、冷静そのものだ。だがやはり動揺しているのだろう。ゴティエ司教がラウラの祖父だとして、なぜ私の父を狙ったのか気にする余裕はなさそうだ。
私とラウラは、神殿へ突撃する計画を練った。




