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イルゼンの回想 6

 私は大事な確認をしなければならなかった。


 ラウラの生まれた年月だ。問えばエルネストは、10年前の春の月だと答えた。あの日から計算すると、私がラウラの父親という可能性があった。


 つまり、私がイリスを殺したも同然の宣告だ。突きつけられた事実が受け止めきれず、吐き気がした。


 せめてもの償いとしてラウラを養女とし、不自由なく育てたいという提案したが、素っ気なく断られた。それはラウラを幸せにしないと言うのだ。確かに理由なく養女としても、周囲からの偏見の声がうるさいだろう。


 そして、私が父親かもしれないと名乗り出ることはラウラに罪の意識を持たせるだけだと言われてしまった。母親が望まぬ妊娠と出産で命を落としたことを知って、何になるのだとまで責められた。その通りだった。


 結局、ラウラには光魔法による治療の対価としていくらかの金を払うことしか許されなかった。


 治療を受けるテオには、ラウラに優しくするよう説き伏せた。自分のことは棚に上げ、よく観察すれば人の気持ちなんてすぐわかるのだから嫌がることはするな、求められたら何でもあげろと教えた。


 ついでに黒屍病になったときの経緯を聞くと、おかしなことを言っていたのでお前への注意として書いておく。


 テオは、ラウラに初めて会ってやはりかわいかったので思わず手を握ったそうだ。そしてすぐにその部分が痛み出して発症したという。


 私は、これをイリスの呪いではないかと考えている。ラウラは無自覚にイリスの呪いをその身に宿しているのではないか?

私の血族を呪っているのではないか?


 恐怖による妄想と思うかもしれないが、イリスは決して私を許していないのだろう。


 以前、テオについてはちゃんと計画があるなどと見栄を張ったが、本当は何もない。ただ私の罪によってテオの人生を台無しにしてしまったことが申し訳なく、せめて本邸で何不自由なく育てたいと思っていただけだ。


 だからだろうか。ついにラウラがテオの黒屍病を完治させたと聞いたとき、どこか許された気がした。それと同時に、私は罪悪感を新たにした。


 ラウラの成長をずっと見守っていたからだ。日増しに美しくなり、更にイリスに似ていくラウラだが、私が抱く感情は違っていた。


 私はやっと人並みの愛情を知ったのだと思う。以前は人の皮を被った獣だった。ラウラの幸せを願うし、誰にも傷つけられて欲しくないと思う。私が如何に愚劣で最低な行為をしたか、ようやく自覚した。


 罪の意識に耐えられなくなった私は、ゴティエ司教に懺悔に行った。どうなったのか、結果はお前が知る通りだ。


 まだラウラの存在は明らかにしていないが、顔を見られたらすぐに気付かれるだろう。ただ、ゴティエ司教の元に行かせるのがラウラの幸せとは思わない。


 貴族連中の治療にこき使われるし、能力を引き継ぐ子を生ませるため、結婚相手はゴティエ司教に決められてしまう。生前のイリスがそう零していた。


 どうか、ラウラが自由に生きられるよう、手助けしてやって欲しい。


 イルゼン、お前は私に全く似なかった。この私の息子なのに、正しく優秀だ。それが私の誇りだ。私などの悪影響を受けないように距離を置いてしまったが、愛している』



 読み終えた私は、怒りをぶつけるように手紙を何重にも引き裂き、暖炉に放り込んだ。ランプの油を撒き、火を着けて燃やし尽くした。それでも心は落ち着かなかった。まだ棺に納められていない遺体を、もう一度殺してやりたかった。


 どれだけ苦しもうが、後悔しようが、罪は消えてなくならないものだ。父上の行動の全てが忌まわしく、頭を掻き乱した。自分があんな男の息子であることが許せない。


 浮気を繰り返す時点で軽蔑していたが、そこまで非道な行為をしたとは思っていなかった。愛人の女性は耳鳴りなほどよく笑っていたし、母上だって怒りはするが自分の世界を確立して、友人たちを招いて楽しそうにしていた。


 浮気はよくあることとして、皆やれやれと肩をすくめていた。その認識が甘かったのか?


 結局最後まで父上は自分勝手で、迷惑な存在でしかなかったのだ。自分の気持ちを楽にするために、私にこんな手紙を書いたのだろう。私を何だと思ってるのか、愛人に向けるように文末に愛していると書けば許されると思ってるのか?


 どうして娘を亡くした傷が癒えたと思われる頃に、ゴティエ司教に懺悔に行ったりしたのだ。そんなの殺されて当然だ。


 怒りが鎮まってくると、ほかの疑問が湧いてくる。


 本当にゴティエ司教が事故を仕組んだのだろうか。事実を知れば殺してやりたいとは思うだろうし、かといって罪に問われたくない気持ちはわかる。


 あんな男のために残りの人生を牢の中で過ごすか、処刑人に首を刎ねられたくはないだろう。事故に見せかけたとして。


 あんな死に方では生ぬるいのでは?

 突然川に落ちただけでは、罪をわからせていないではないか。


 それに、罪のないエルネストを巻き込んでいいと思うのだろうか?それとも、御者であるエルネストまで同罪と見做したのか?


 答える者のいない疑問を一度納め、私は手紙を書き始めた。暖かな海沿いの領地代理人に宛てたもので、ラウラと夫人のための手紙だ。彼女たちは、そこでゆっくりと暮らしてもらいたい。


 父上の手紙で、唯一同意できたのがラウラの行き先だ。ゴティエ司教には、以前から悪い噂がつきまとっていた。祖父だとしても、会ったこともない人物よりは今まで母親と信じてきたカトリーヌ夫人と一緒にいる方がいいだろう。


 手紙といくつかの許可状、当面の金をまとめて私は彼女たちの家に向かった。雨は止んだが、月も星明かりもない闇夜だった。瘴気の雲は分厚く、空気は重苦しかった。


 地面を踏んでいるのに、浮いているような覚束ない足取りで草地を踏み、粗末な家に着くと周辺に侯爵家の騎士がいた。命じた覚えはないが、気を利かせたつもりだろうか。


「遅くまでご苦労だな」

「はっ。彼女たちが逃げ出さないよう、しっかりと見張っております」


 騎士たちは、御者のエルネストが故意に事故を起こしたと考えているようだ。そして、その家族を私が私刑に処するとまで。


「見張りはもう不要だから、帰って休むといい。彼女たちは遠くの領地で暮らしてもらう」

「そ、そうですか。ではそのように致します」


 騎士たちは残念そうな顔をしたが、仕方なさそうにのろのろと去った。日常の中にある興奮剤として、私刑を待ちわびていたのだろう。ひとりで勝手に想像してろ、と心の中で毒づいた。


 少し覚悟が必要だったが、粗末な木造りの玄関ドアを叩いた。


 遅い時間だし眠っているかもと思ったが、すぐにラウラが開けたドアの隙間から顔を覗かせた。片手にランプを持ち、泣き腫らした目をしていた。


「中で話をしてもいいか?」

「はい、どうぞお入り下さい」


 暗くて全体は見えないが、居間と思わしき場所に通された。ドライフラワーがいくつも逆さまに壁に飾られているが、そういうものなのだろう。


「カトリーヌ夫人は?」


 闇の中に、ラウラの母君の姿を探した。聞きたいことは山ほどあった。


「眠ってしまいました」

「こんなときに何だが、エルネストから不測の事態が起きたときに読めと預けられている手紙か何かはあるか?」

「いえ、特には……うちには財産なんてありませんし」


 遺産についての手紙と思ったのか、ラウラは小さく首を振った。気丈に受け答えしてくれて、その健気さに胸を打たれた。こんな風に話ができるのもあと僅かだ。


 カトリーヌ夫人から話を聞くことを諦め、私は息を吸う。好奇心を満たして何になると言うのだ。それより、ラウラに安息の日々を送りたかった。


「今回の件は誰かが意図的に起こした可能性がある。なぜなら、石造りの橋の欄干が馬がぶつかるだけで壊れたんだ」

「そんな……」

「狙われたのは、私の父上だ。ラウラたちを巻き込んで本当に申し訳ないが、これ以上余計な被害が行かないよう母君と遠くの領地に向かってほしい」


 適当に御託を並べ、私は金貨の入った袋と書類の束を押しつける。ラウラはそろそろと受け取った。


 世界が終わる気配がした。少なくとも、私の世界はこれで終わる。ラウラがいてこそ、私の人生だった。もう会えなくなると考えるだけで身が削がれるように痛い。


 ラウラの丸い頬を、涙が伝い落ちた。


「ラウラ」


 私はとっさに彼女を強く抱きしめた。抵抗することもなく、ラウラは私の腕の中で震えながら泣いた。華奢な、今にも壊れそうな熱の塊として嗚咽を漏らす。


 父上とエルネストを恨んだ。どうしてラウラを悲しませるんだ。


 異母妹かもしれないなら、もっと早く教えて欲しかった。引き返せないほどに、私はラウラを愛していた。

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