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02-11

 ―――七星高校、校門前。



 病院からタクシーを飛ばして来たとはいえ、もうすでに辺りは暗がりに包まれている。

 闇が落ちた校舎は、真昼の姿とはまるで違って見えた。

 証拠に、ピースケの羽もといフレイムから渡された魔力探知マナディテクションの羽が呼応するように輝いている。

 その光の強さは、相手も尋常ならざる者だと告げていた。

 飛鳥はそっと羽を制服の内ポケットに隠すと、隣に立つ先輩の方を伺った。


 彼は顔を上げて、校舎の上……屋上の方をじっと見据えていた。

 自分が卒業した学舎を懐かしむようではなく、どこか哀しげな目をしている。


 「……ねぇ、飛鳥君」


 不意に、和希が口を開いた。


 「ハ、ハイ!なんですか? 先輩」

 「僕がまだここに在学中の頃、僕に関する噂を耳にした事があっただろう?」

 「ンー、噂ですか?」


 飛鳥は首を傾げたが、すぐには思い出せない。

 それを待たずに、和希は続けた。


 「……『大原和希は、人殺しだ』って」


 不穏当な言葉を、本人自ら語った。


 飛鳥がオカ研に入部して間もない頃だ。

 先輩の事が少しでも知りたい一心で、友人をつてに調べてもらった事があった。

 すると、変な噂を掘り当ててきたのだ。

 『大原和希は人殺しだから、近づかない方がいい』と。

 そんな事はない。絶対ない。

 信じられなくて、思わず本人に問い詰めてしまった。

 その時、和希は切なさにゆがんだ笑顔を浮かべただけで、何も答えてはくれなかった。


 記憶をさかのぼっていた飛鳥に、和希は告げた。


 「その噂の真相を、知る事になるかもしれないよ」


 校門をくぐろうとした足は、一歩踏み出したところで止まってしまった。

 態勢を変えずに、和希は深いため息をつく。


 「……やれやれ。まるで針のむしろだな」


 そういえば、先輩は子供の頃から霊感体質だと話してくれた事がある。

 魔術的素養はないが、この禍々しい空気を彼なりに感じているのだろう。


 「和希先輩、大丈夫ですか? もし歩けないんだったら……」

 「いや、大丈夫だよ。金縛りに遭ってるわけじゃないからね」


 そう言うと、和希はもう片方の足も門の中へ引き入れた。


 「……やたら視線を感じるけど、このまま屋上へ行こう」


 足早に進む彼を、飛鳥は後ろから追いかける形になる。

 護衛役を仕ったのに、これでは役立たずもいいところだ。

 道中で嘉納と合流するだろうと思っていたが、現れる気配は全くなかった。

 たかが女子寮で情報収集するだけなのに、何を手間取っているのか。

 そんな事を考えているうちに、屋上へとつながっているドアの前まで着いてしまった。

 魔力探知マナディテクションの羽は、もはや内ポケットから光が漏れている。


 「飛鳥君、それはなんだい?」


 さすがに、隠す通すのも難しくなってきた。

 飛鳥はおずおずと取り出しながら見せた。


 「アー、魔力探知マナディテクションの羽ってやつで、魔術的な物質があったり魔術師がいたりすると、光って知らせてくれるんですヨー」

 「なるほど。便利な物があるんだね」


 和希は感心しながら、不意に考えを巡らせ始めた。


 「霊体は魔力を備えているものなのか……? 霊力と魔力はイコールなのか……? それとも、魔力を付与されてるのか……?」


 没入しているのか、考えている事をそのまま呟いている。

 その姿に、飛鳥は小さく笑った。


 「変わってないですね、和希先輩は」

 「へぇ? そうかい?」


 和希は目を丸くした。


 「はい。幽霊の事になるとすぐ夢中になっちゃう。今のオカ研には、和希先輩ほどの幽霊マニアはいませんから」

 「まぁ幽霊に関しては僕は自信あるけど、今のオカ研にはどういう子たちがいるんだい?」


 飛鳥はそう言われて思い浮かべるが、どうも面子はオカルトっぽくはない。

 校則上どうしてもファーストクラブとセカンドクラブを選択せねばならないので、面白半分でセカンドにオカ研に入部しようとする奴がいるのも事実である。

 かく言う飛鳥も、和希に誘われなければ真っ先に文芸部のドアを叩いた事であろう。


 「アー、でもみんな良い奴らですよー。毎日楽しくやってます」


 その言葉を聞いて、一瞬和希は暗い表情になった。


 「……楽しく、やってる?」

 「はい。楽しいですよ?」


 あっけらかんと答える飛鳥を見て、和希は少しため息を漏らした。


 「……まぁ、それでこそ君なんだけど」


 飛鳥はその言葉の意味を捉える前に、和希に左手を取られた。


 「飛鳥君、ここから先はかなり危険だから、僕から離れないでね」


 真剣な眼差しで言われると、別の意味で誤解してしまいそうになる。

 飛鳥は顔が火照って、うなずくのがやっとだった。


 彼女の手を握ったまま、和希は屋上へのドアを開けた。

 やけに冷たい風が、頰にはりつくように撫ぜてきた。


 屋上の片隅、フェンスの際にありえない光景が見えた。

 花壇などあるはずも無いのに、そこには花畑が広がっている。それも黒い、百合の花が無数に咲いている。

 その中に何人もの人間が立っていて、全員女子だと見てとれた。

 異常ともいえる光景の渦中にいる人物こそ、この禍々しい空気の出処だった。

 長い黒髪の、目鼻立ちも整った美しい少女だ。七星高校の制服を着ているが、こんなに可愛い子がいるという噂は聞いた事がない。


 「……なるほど。一人や二人じゃない視線はこれか。未だに女の子ばかり従えているんだな、君は」


 和希の言葉に、黒髪の少女がわずかに顔を上げた。


 「……そうよ。男は汚いもの。大嫌い」


 背筋が凍るほど冷たい声だ。

 確かに大半の男子は汚いと思うが、こと和希に関してはその部類には決して入らないと飛鳥は勝手に思った。


 「だけど、関係ない子たちまで巻き込むのは感心しないな。彼女たちを解放してくれないか?」

 「嫌よ。この子たちは私に力を貸してくれるの。貴方がやった酷い仕打ち……その事を話したら、みんな私に同情してくれたわ」


 そう言って、彼女は隣にいる女子に頬を寄せた。

 飛鳥は、目を見開いて驚いた。

 今朝顔を合わせたばかりクラスメイトが、そこに立っていた。


 「依子! あんた何やってんの!?」


 思わず駆け寄ろうとする飛鳥を、和希が腕を出して制した。


 「飛鳥君、近づかない方がいい。友達かい?」

 「は、はい、クラスメイトの子で……あの子、自分で解決してほしいと振っときながら、なんで巻き込まれてんの?」


 飛鳥が反応した様子を見て、黒髪の少女は依子の頬を指先で撫でた。


 「この子? ああ、演劇部の子ね。学校に戻ってきたから懐かしくなっちゃって、演劇部の部室を覗いてみたの。そうしたら可愛い子がいたから、つい」


 少女はくすくすと笑いながら、指先で依子の唇をなぞっている。

 飛鳥は、妙な気味悪さに鳥肌がたった。


 「ねぇ、貴女もこっちへいらっしゃいよ。お友達は多い方がいいわ。そんな男のそばにいたら、貴女まで殺されちゃうわよ」


 少女が放った言葉に、耳を疑いたくなった。

 和希の方へ視線を向けるが、彼はずっと前を見据えたままだ。


 「あら、知らないの? その男はね……私と妹を殺したのよ!」


 瞬時、足元の黒い百合が枯れ果て、女子生徒たちも次々とくずおれた。

 黒髪の少女からどす黒い瘴気が溢れ出して、屋上全体に広がっていく。

 咄嗟に飛鳥は前に出て、魔道書を広げた。

 嘉納がいないのは計算外だが、今対応できるのは自分しかいない。


 ……憧れの先輩の前で、情けない姿は見せられない。

 思い描いていた王子様とお姫様とは違うけれど、それでも悪い気はしない。


 意志を固めた飛鳥だったが、その肩に手を置かれた。


 「飛鳥君、僕から離れないでとは言ったけど、前に出ていいとは言ってないよ」


 頭上から声がすると、飛鳥は再び後ろへ回された。


 「お姫様に守られる王子様じゃ、格好がつかないからね」

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