表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/44

02-02

 タンタンタン……。まな板を叩く音色が鼓膜を刺激する。

 微睡みに揺蕩いながら、懐かしくも心地良い料理場の生演奏を目覚まし代わりに目が覚めた。

 香ばしいベーコンの匂いは寝惚ねぼまなこの鼻孔を擽り、脳を覚醒へと誘っていく。


 ここは簡易型のキッチンはあれど、ワンルームの女子寮だ。

 飛鳥は誰が料理をしているのかと眼鏡をかけると、場違いな光景に我が目を疑った。

 

 「……ねぇ、アンタなにやってんのヨ」

 「おはようございます我が主。朝食の準備はできておりますよ」


 金髪の青年が場を仕切っていた。

 ベスト姿にサロンエプロンを巻いた出で立ちは、さながらウェイターか執事を彷彿とさせる。

 彼はベッドの隣にあるテーブルに朝食をテキパキとセッティングし、さあ召し上がれと微笑みかけてきた。

 ……過剰とも思えるイケメンの心遣いに嫌な気を覚える女子はいないだろうが、飛鳥はどうも違和感があった。

 フレイムは確かに超が付くほどの美形だが、本心は見下しているというか、気を許してないというか、小馬鹿にしているというか……ようは子供扱いにしているのが気に食わなかったのだ。

 それでも、彼が心強いのは確かだし、こうやって妙に気を利かせてくれるのは、嬉しい。


 「今日は料理なんかして、一体どうしたノ?」

 「いえ、嘉納君から必要経費を預かりましてね、折角なので買い出しに行ってたのです。

 彼曰く、正当な労働に報酬がないのはクスノハの恥であると仰っておりました。よく出来た少年です」


 朝のニュースをバックミュージックに二人は朝食に手を付けた。

 深夜に七星大学の研究室でトラブルが起きたらしい。そういえば深夜に消防車が大学方面に走っていたのを思い出す。

 物騒な事が立て続けで起こっているせいか、身近な事件? 事故? 兎も角、感覚が麻痺しているというか、抵抗が付いてきたというか。飛鳥はそんな事よりご飯が食べたい気持ちで支配されていた。


 「でさ、ちょっと聞きたいんだけど」

 「何でしょうか我が主」

 「あんたどうして目頭めがしら押さえてるのヨ?」

 「いえ……やはり肉は美味いな……と」

 「何それ嫌味なのカシラ?」


 フレイムがベーコンを噛み締めながら涙を堪えて感動に打ちのめされている。

 確かにセキセインコの姿では穀物と青菜しか与えていなかったけど、そこまで嬉しいのか?

 次に取り出すは必要経費とやらで買ってきた赤ワインだ。

 当然の権利の様にコルクを抜いてグラスに注いでいる。一杯、二杯。あ、泣いた。


 「そんなに飲み食いしてピースケに影響はないんでしょうネ?」

 「ありません。むしろ良いです。インコと私の肉体は独立したものですし、もう一人の主からお預かりした魔力とて有限でありますので、別件で補充する必要がございます」

 「アレ? 妖怪が人を食べたりとかそういう」

 「それらと同じにして欲しくありませんが似てますね。魔力奪取マナドレインでも良いですが、経口摂取によるカロリーの補充も捨てたものではありません。特に肉とアルコールの効率は素晴らしい。小松菜や塩土の比ではありません」


 やっぱり根に持っている。口に出してまで言わないが、態度がそれを示している。飛鳥は饒舌にまくし立て上げられた。

 食事や着替えを済ませ、後は通学するだけだが、どうも大月からチャイムが鳴らない。


 「零ちゃんもう行ったのかな……?」

 「大月君ならば朝早く出かけて行きましたよ」

 「ありゃりゃ、何か呼び出し受けたのカシラ」


 出かけているなら待っていても仕方ない。仕方ないので一人で行こうと鞄を持つと、フレイムに釘を刺した。


 「フレイムさん! 目立つからその恰好でウロウロしないデネ!

 寮内に男連れ込んでるとか言われたら一発で退学なんだから!」

 「致し方ありません。畏まりました」


 何か不服そうではあるが、こればかりは絶対だ。ここは女子寮なのだ。

 彼の生きた時代と常識は違うだろうが、組織としての規律ぐらいは不変であろうと信じたい。

 そもそも私が不在の時に社会常識をTVや本で学んでいるのだから、改めて教育する必要もないだろう。



 /*/



 ―――朝のホームルーム前。七星高校、教室。

 


 「楠木さんおはようございます。今日は彼氏と一緒じゃないのですか?」

 「あん? 誰が彼氏だっテ?」

 「あら、嘉納君といつも一緒にいらっしゃるので……」

 「やめとけ依子、あの眼光は本気で怒ってる。お前後ろから刺されるぞ」

 「……葉子、聞こえてるわヨ」

 「ひ、ひぃ。命だけはお助け下されー」


 教室に入るなり早々クラスメイトに絡まれた。

 敬語口調な依子と馴れ馴れしい葉子。一見対照的だが性格はクソみたいに悪い。

 しかし嘉納と変な噂が立つとか……何でアレと付き合わなくてはならんのか。禄でもない経験しかしていない飛鳥の心境は穏やかではない。

 確かに二人は放課後は付き合っているけど意味が違う。ソレとコレは天と地ほどの差があるのだ。

 ロマンスも何もない、鬼教官による軍事教練そのものだ……鬼には違いないのだが。

 ダイエットやら取材の為の体力作りやら適当な事を言ってきたが、にしても体育会系の先輩がドン引きする訓練を続けていると噂にだってなる。

 普段なら朝の通学も全身にウェイト付けてマラソンだ。昭和のスポコン物でしかやらない。どういう訳か今日は無かったが。

 いっそのことクスノハから援助してもらって、民間のトレーニングジムとか借りた方がいいのかも知れない。

 とはいえ時間が惜しいのも事実であり、皆に回復呪符の存在を説明できるわけない。正直アレが無いと五分ももたない。

 にしても健康面とか大丈夫なのだろうか。命削ってる感が半端ない……闇に隠れて生きるダークヒーローと言えば響きは良いが、頭のよくない飛鳥でも危険な橋を渡ってるのはわかる。何で爺さんは私にこんな魔導書を渡したのか。欲しがったのは私だけど中身知ってたら頼まれても受け取らない。

 

 「でさー楠木ぃ? 例の噂聞いた? オカ研的はどうすんの?」

 「何ヨ葉子。私いま教室に入った所で何も聞いてないワヨ」

 「ありゃーそうなのかー。えとね、また神隠しの話よ。他のクラスでも持ち切りよ?

 ちょっと前にあったガス漏れ事故の時の行方不明者も見つかってないのに」


 どういう事だ。最近は身の上に起こるトラブルが多すぎて外部の出来事を見過ごしていた。

 全ての火の粉を背負う気はないが、知ってしまったからには放ってはおけない。

 葉子の両肩を掴んで問い詰めた。


 「どういう事!? 詳しく教えて頂戴!!」

 「あたたたた。しゃ、喋るからちょっと落ち着きなよ。

 隣のクラスの子なんだけど、放課後に屋上にいたら幽霊が現れて友達を消したんだって」

 「消したって? 手品みたいに?」

 「知らないって。私だって又聞きなんだから。けど、その子は昨日寮に帰ってないらしいよ」

 「捜索願は出していらっしゃるようですが、噂通りなら警察の範疇を越えるかと存じます。

 楠木さんはこそオカ研の部長なんでしょう? 専門家として思う所があるのではなくて?」


 そんなこと急に言われても困る。

 とりあえず夏になるとTV放送するオカルト特集お決まりの流れを言ってみせた。


 「うーん……実は被害者が何か封印を破って、出てきた化物の怒りを買った……とかよく聞くけど。

 今できる事は……当事者に聞き込みして、それから……」

 「やっぱり専門家! 話が分かるー! 実は逃げ帰れた被害者の子って私の友達なのよ。

 完全にビビっちゃってさ、今日は休んで寮に籠ってるのよ。何とか元気付けてあげてよー?」


 何か外堀を埋められてる気がする。飛鳥は自分が首を突っ込むと揉め事が大きくなる気がした。

 これは少し身を引くのがお互いの為になるのではないだろうか。というか厄介事を増やしたくもない。


 「いやでも、勘違いとか手の込んだイタズラかも知れないしー、捜索願を出してるなら数日待ってみるのも良いんじゃナイカナー?」

 「いんにゃ違うわ! 私は断言するね。長年アイツの友達やってるけど、あんなに真剣な瞳で見つめられたのは始めてだったわ。お願い、それっぽい事を言うだけでも気晴らしになるだろうし、元気付けてあげて!」


 あー、これ絶対本心で言ってない。気合の入った台詞と表情が正反対だ。

 クズがニヤニヤしながら御高説らしき何かをほざき、依子は隣りでケラケラと笑っている。ここはクズの見本市か?

 演劇部員としては一流なのだろうけど、こいつら絶対友達いなくなると思う。

 ……やっぱりダメだ。やっぱりハッキリと断ろうと飛鳥は口を開いた。


 「葉子悪いんだけどアンタの遊びに付き合うほど暇じゃないんだよね」

 「ねえ奥様ご存知? 飛鳥さんの部屋に金髪のイケメンが入って行っ」

 「はい、謹んでお受け致します」


 飛鳥は膝から崩れ落ちた。

 あのバカは普通に買い出しを見られていたようだ。

 この瞬間、飛鳥に拒否権はなくなった。よりにもよってこのクズの奴隷となる事が確定した。


 「んー。随分と素直ねー。初めからそう言えばいいのよー?」

 「わかった、わかったから。行けばいいんでしょ、行けば!」

 「寮の部屋番と名前はこれ。多分仮病だと思うけど頼むわー」

 「あっはい、これですかわかりました……夏子さんですね、ハイ」

 「面白い事があったら事細かく教えてねー。出来れば台本にして舞台に使えるようにしてねー」

 「ハハハ、誰がそこまでするか」

 「金髪イケメンの写真も」

 「私とて文芸部に籍を置く身ですワ。写真とネガは原稿と交換、いいデスわネ?」

 「さっすが飛鳥さん話がわかるー」


 チャッチャとメモ用紙に最小限の情報を書き込むと、胸元のポケットにねじ込んできた。

 飛鳥は死んだ魚の目をしながら抵抗もせず受け入れ、末代まで祟られたらいいのにと遠い目をしながら呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
↑よろしければクリックで応援お願いいたします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ