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01-11

 ―――同日、昼食時、食堂。



 昨晩の大月零が見せた鬼の様相は、楠木飛鳥の想像を絶するものであった。

 飛鳥自身は只の世間話のつもりであったが、大月には何か察する事があったのだろう。


 下手の考え休むに似たり。今の飛鳥に出来る事は七星定食を冷めない内に平らげる事だ。

 本日の日替わりランチはチキンカツ、鳥は愛でるもの食べるのも大好きだ。

 セキセインコをアボリジニは美味しいものと言うぐらい鳥は可愛く美味しいのだ。

 とはいえピースケを食べる気はないが、専門店で調理したインコならば一度は食べてはみたい。

 そういえば伏見稲荷の名物は雀の丸焼きと聞いた。アレも一度は食べてみたい。


 「先輩、ご無沙汰してます!今日は一人なんスね」

 「はいィ!?」


 食事と妄想の邪魔をする者は男女問わず不愉快だ……が、可愛い後輩ならば話は別だ。

 なびく金髪と碧眼があまりにも特徴的な男、烏丸からすま三十郎である。


 「そんなに驚かなくても良いじゃないっすか」

 「あーうんゴメンネ。零ちゃんは今日は用事があるって言ってタヨ」


 普段ならば必ず大月零と一緒に食事しているのだが、彼女の姿はここにはない。

 烏丸は手に持った残念そうに手に持ったサンドイッチをテーブルに置き、紙パックのミックスジュースを咥えながら正面に居座った。


 「相席する時は一言確認するべきヨー」

 「いいじゃないっスか、俺と先輩の仲なんですし。

 それはそうと大月先輩マジどこ行ったか知りません? コレ早めに渡したいんスよ」


 少しイラっとしたのを押さえつつ彼の手に視線をやると、そこには一枚のフロッピーディスクがあった。

 そういえば大月が報道部に情報依頼をしていたと思い出す。確か富裕層調査だ。


 「良ければ代わりに預かっておこうか? 零ちゃん今日の昼間は捕まらないだろうし」

 「あ、それなら助かります。……って、大月先輩、今日は何かあったんスか?」

 「昨日の晩から様子がおかしかったからねぇ。栄養剤の事ってそんなに変な話だったのカナ……」

 「……どういう事です?」


 烏丸がまるで苦虫を噛み締めたような顔を見せる。

 女性の前で不快な表情を見せる男ではないので、頭に疑問符が浮かぶ。

 彼もそれを察してか、即座に平時の朗らかな笑みを戻した。


 「あ、失礼しました。でも先輩、それってスターダストの事っすかね?」

 「何それ?よくわかんないけど学年トップの子から勧められたんダヨ。

 集中力が増すし、勉強が捗るって言ってたノ。

 ……零ちゃんもその話をしたら血相を変えたけど、もしかして有名?」

 「あー、はい。報道部でも調査中のネタなんすけど、市内の学生に拡大中の新薬みたいで。

 モノがモノだけに俺達レベルでは注意喚起と教員や警察へ報告しかできないんすけどね。

 依存症や表情筋の劣化等の副作用もあるみたいっすから、よくわかんないものを食べちゃ駄目っすよ」

 「人がいつも拾い食いしてるみたいに言わないでホシイネー……」


 飛鳥の苦言もそしらぬ顔で、烏丸はリュックサックから分厚いファイルを取り出しテーブルに広げた。

 中にはルーズリーフに写真がセロテープで添付されており、手書きの注釈が添えらている。

 薄暗い室内をフラッシュも焚かずに撮影したようで鮮明には映し出されていないが、黒服が遊び人風の男と会話している姿が見て取れる。


 「場所が場所なんで大人には報告できないヤツですけど……。

 これ、紺屋町のクラブで撮影されたもんです。黒服が何か受け渡してるでしょ」

 「なーんで未成年がクラブの中で撮影してるんですかねぇ……」

 「それは言いっこナシですよ、センパイ」


 帽子にサングラスにスーツと全身黒ずくめの服装で、ここまで模範的なステレオタイプのバイヤーがいるものかと感心すら覚えるも、如何いかんせん性別や年齢が判断し難い。

 この段階で既に特徴の域にまで達しているが、よく見ると胸元の不自然な反射光に気が付いた。


 「これ、何かのバッチかしら……?」

 「これは俺達もわかんないんスよ。怖い組織のいわゆる金バッチではなさそうでしたし。

 銀の星をかたどった物の様ですが、何処かの組員章なんスかね……」


 写真では潰れて判断できないが、烏丸曰く銀の星バッチとの事だ。

 ありきたりな形状なので逆に身元を割り出しにくいらしい。

 もっと近くに寄って凝視できれば詳細もわかるのだろうが、現状どうしようもない。

 

 「……とまあ、こんな所です。

 この件に関してはきな臭い奴等も関与してますんで、大月先輩には無茶しないよう釘刺して下さいね。

 今の大月先輩は多分頭に血が上ってますんで、俺が言うより先輩の一言の方が効きますよ」

 「え、そうなのカナ?」

 「俺が先輩なら……そうでしょうね。悔しいですけど」


 キーンコーンカーンコーン


 午後の予鈴が鳴る。烏丸はフロッピーディスクを飛鳥に渡すと教室へと帰っていった。

 飛鳥は理解し難い感情を抑え、流されるまま頷くしかできなかった。


 ―――飛鳥は飛鳥なりに状況を整理し、心に平穏を取り戻さんとする。


 放課後は化け物騒動の件もあるのでオカ研に顔を出すと言ってはいたが、大月は来るのだろうか。

 ポケベルのような連絡手段があればスムーズな連携が可能となるが、無いものねだりは意味がない。

 ……しかし、頭に血が上ったといった表現は飛鳥には新鮮に見えた。

 彼女は感情の起伏は激しいものの、芯の部分では冷静沈着と信頼しきっていたからだ。

 一方的な信頼は甘えになり悲劇を生むともいう……烏丸が見た新たな視点を尊重するのも意義があるとも言える。


 心の淵より湧き上がる悶々とした感情。

 これは大海の渦に触れた不安から来るものなのか、それとも未知への興奮なのか。

 まるで何者かが這い寄るがの如く、着々と崩壊する日常だけが、彼女達の時を刻んでいた。

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