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第一三八話 池田恒興(上)

弥生の月、少し温かくなって俺は滝川のおっさんを伴い京から尾張に戻ってきた。酒を持っていない俺に京でやれる事などない。そういうわけで時すでに遅いまであるが、鉄砲が不届者テロリストの手に渡る前に尾張にいるらしい池田とやらに聞き込みに赴いた。


「池田恒興、某の従弟に当たりまして信長様とは乳兄弟に当たる男にございます」


へぇ、信長の乳兄弟って最側近じゃん?でも滝川のおっさんとも血縁があるという事は忍者をやってるのだろうか?このおっさんを介してその従弟さんとやらと話が出来るのはありがたい。


「桶狭間の戦で恒興は信長様に付き従い果敢に義元本陣まで攻め入っておりました」


桶狭間の戦いは我々元織田家臣としては思い出したくない苦い記憶だ。小平太も語ってはくれたが自責の念に駆られている。

あの場にいた者は皆大なり小なり後悔に身をやつしているだろう。


「ですが率先して斬り込んだ信長様との間を今川の大軍に阻まれ奮戦していた所、凶報がもたらされその場から離脱したとの事に御座います」

「元々信長様を崇拝をしておるような所がありましてな…一時は御霊を弔う為に出家するともこぼしておりました」


今川の大軍に囲まれた戦場で信長に殉じずあの場から離脱したか…信長の霊を弔う為であって他に悪心が無ければ良いのだが…


「そしてそれ以後、帰蝶姫様を匿い鉄砲の管理と整備をしておりました」


この時代の鉄砲はマイナーでレアな武器だ。戦場においては弓がカッコよさの象徴となっている。

俺は銃が今後の戦場で主役になる事は知っているが、この時代の鉄砲のカタログスペックを聞くとかなり微妙な上に整備に時間がかかり修理が難しく金食い虫、すこぶるコスパが悪い。歴史を知るかしこい俺からしても一周回って弓で良いのでは?まである。

だが鉄砲が四百丁も存在するというのは流石に聞き捨てならない。鈍い俺でも武装蜂起すれば十分脅威になる事を理解している。

という訳で件の池田恒興とやらが今川に弓引く不届者テロリスト候補筆頭なのである。鉄砲も美濃へ送ったとは聞いたが何丁か残している可能性もあり話し合いが穏便に済むかどうかは分からなかった。


◇ ◇ ◇


「お久しぶりで御座います、熱田大宮司殿」


そうして俺達は池田恒興が隠れ住んでいる中一色村にやって来た。池田恒興、千秋季忠の記憶にも覚えがある。記憶より随分と痩せてしまったようだが薄っぺらい笑顔は確かに見覚えがあった。信長に言葉なく影のように付き従う、なんというか幽鬼のようでどうにも気持ち悪い奴だった。そうして恒興は俺に頭を下げ礼を述べてきた。


「桶狭間にて信長様の御霊を祀って頂き、感謝申し上げます」


「…戦では役に立てなかったが信長公には恩がある」


戦場では役に立てなかったどころか何やったのか分からなさすぎて逆に謎の存在感すらあったからな俺…そしてそんな都合の悪い話題を避けて本題に入る。


「今日は鉄砲を相当量預かっていると聞いてやってきた、取り扱いは難しいが危険な代物だ」

「悪いようにはしない、大人しく渡してくれないだろうか」


正直そんな高価な武器を渡せなんていう無茶が通るとは思わないが、コイツの人となりを知って今後の尾張と美濃の動きを見極めないといけない。


「ああ、あの鉄砲はお家の再興の為、奇妙丸様と帰蝶姫様のおわす美濃に送らせて頂きました」


空気が凍る。予想していたとはいえ織田家の再興と言い切ったな…絶対に今川の耳に入れたくないヤバい奴だ…


「御父上の無念を晴らし、織田家の再興するこそが奇妙丸様が進むべき道と存じます」

「その一助とする為、鉄砲は渡せませぬ」


俺は奇妙丸うしおには義父として幸せになって欲しい。それは織田家でも斎藤家でもどちらでもいい。だが今の今川と敵対して幸せになる未来は見えない。


「まだ六歳の子をけしかけて仇を取れると本気で考えているのか?」


「その為の鉄砲ちからです」

「どのような経緯か羽豆崎に匿われていたようですがやっと人と武器が揃ったのです」


恒興は不健康そうな顔に目だけを不気味に光らせていた。


「せっかくですから熱田大宮司殿にお伺いしたい」

「熱田にて願掛けを行いました信長様に何故熱田の大神はお応え下さらなかったのでしょう?」


しらねーよ。当の俺も手勢が全滅した上に馬にまで逃げられ味噌とか諸々を漏らしながら泥道を這う這うの体で熱田まで逃げた身だ。むしろ熱田の大神様は俺に優しくないまである。


「恒興!」

「現実を受け入れよ!」


滝川のおっさんが恒興を咎める。ようは恒興は受け入れ難い現実から目を背ける為に神に文句をつけたいのだろう。だがこの時代の人間も神に頼めばなんでも願いを叶えてくれるなんて考えていない。

なにより熱田神宮と信長の関係はわりとドライな金関係だ。織田家が俺を大宮司として認める代わりに織田家に四千貫を納めている。そうして熱田神宮は織田信秀の時代から後ろ盾になって貰ってくれたという経緯もある。

だがそれでも信長は熱田神宮の後ろ盾になったり、伊勢神宮には寄進もしていたりと関係は決して悪くなかった。


そして信長はいざという時に神仏を頼り奇跡を望む男ではない。神社に手を合わせ、自らの手で奇跡を模倣し兵を鼓舞する。秀さんも信長に命令されて白鳥を飛ばしたとネタバレしていた。いざ命を賭けるべき時に神頼みで目を瞑って突っ込むのではなく、自身の運命を自ら切り開く男だった。そんな男が熱田の大神が裏切ったなどと考えるだろうか?手を貸さなかったと恨み言を述べるだろうか?


「従兄殿は考えませぬのか?あの日もし晴れていたならば…五百丁の鉄砲の力を十全に発揮できていれば…」

「桶狭間での結果は変わったものになっていたに違いありませぬ!」


恒興は天が味方しなかったから、祈ったのに熱田の大神が裏切ったから信長が死んだ…そう思いたかったのだろう。

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