第一三七話 入り鉄砲に出女
いつ頃から鉄砲隊を組んでいたのか知らなかったが信長は早くから鉄砲を扱っていたようだ。
義元の軍と戦っていたとは初耳…のようで千秋季忠の記憶が微妙にあるのだが、まだ信長は信玄と戦っていないようだ。というか三段撃ちをやっていない?考えたらなんとかの戦いって信玄の息子相手に鉄砲でボコってた気もするな?
そんな事を考え俺は役立つ未来知識を思い出そうと暫く頭を回したが……下手の考え休むに似たりという言葉がしっくりきたので諦めた。
さて、まだ京にいる身ではあるがなるべく信長が使ったという鉄砲の情報を集めておきたい。
桶狭間で信長がやられた後、那古野城で戦があったとは聞いたが俺はその詳細を知らない。だが帰蝶殿が逃れているという事はそれと共に鉄砲も持ち出されたのだろうか?
その後数年、井伊直盛のおっさんが那古野に居座っていたようだが鉄砲の話は出ていないようだ。義元の言い方からして献上されてはいないようなので井伊のおっさんが持ち出した可能性もあるが…まぁ井伊のおっさんを疑う前に先ずは尾張で探してからだ。
こんな軍事情報を尋ねられる先は限られているがとりあえずこの場にいる織田弾正忠家の旧臣に聞くのが良いだろう。
そうして俺は謙信と疋田、それに義元にした話と事の経緯をざっくりと滝川のおっさんに語って聞かせた。
「驚きました…殿にそのような知見がございましたとは…」
コイツ…俺をなんだと思ってやがる…
「いえ、弾正忠様は鉄砲に強いご関心がありご自分から鉄砲の師事を受けておりましたし買い付けも積極的にしておりましたが殿は特段ご関心無いようにみえましたので…」
そういえば俺も鉄砲を撃ったのは競馬の開始の合図の空砲くらいだな…なるほどそう考えたらアホかと思っていた主君から突然出てきた三段撃ちと塹壕の概念、驚くのも無理はない。ゆるさんぞ。
「弾正忠様は鉄砲の派手な音と光、独特の火薬の香り、それと玉が当たった時の高揚感が良いと特別魅了されておりました」
音、光、クスリ、なんだか派手好きヤンキー系の思考な気がするな…
「家臣でも鉄砲については評判は上々で弾正忠様に従いしっかり訓練を積んでおりましたが、現実問題として『矢と違って玉の回収が難しい』『威力は目を見張るものがあるが装填が遅い』『弓矢の方が実戦的』『本当に戦で役に立つのか?』などと懐疑的な者も多かったのです」
「村木での戦には自分も従軍しましたが味方は散発的に撃つばかりで効果のほどがどれほどあったのやら…『石でも投げた方が良いのでは?』などとも囁かれておりました」
なるほど…義元も鉄砲での死者はいなかったと言ってたな。当時の信長もまだ鉄砲を扱いかねている風だ。しかし派手な勝利を収めないとせっかくの新兵器も花火扱いか。
鉄砲で要人をピンポイントに暗殺をするにしても射程距離は百メートル程度、音もでかいし煙の量もすごい。発砲位置がすぐにバレる。
ちなみに先日三十三間堂に観光に行って通し矢を見せてもらったが百メートル以上も弓で飛ばす事に驚いた。音が静かな分まだ暗殺向きに思えるがそれだけ飛ばす弓はデカいので暗殺には向かないだろう。勿論それほどの腕を一朝一夕に身に着ける事は出来ない…というか俺は出来なかった。
素人に要人に向けて一発撃たせてすぐ逃げる文字通りの『鉄砲玉』はアリか…?とも考えたが鉄砲はお高いんだよなぁ…
やっぱり数を揃えて斉射しかないだろう。
「派手好きな弾正忠様のお戯れかと思いましたが…なるほど騎馬を相手に…」
「ですが殿が鉄砲にそこまで精通されておりましたとは…この一益感服致しました」
そうして頭を下げる滝川のおっさん。ほめられると満更でもないが、先程決意した何かを忘れてしまったような…
「それはそうと鉄砲の在処だ!そんな訳で鉄砲の話が治部大輔様のお耳に入ってな、そういえば信長公が使ってたなーとこぼしたら献上しろと言われた。織田弾正忠家の忠臣として鉄砲の行方を知らないか?」
そう問われた滝川のおっさんは目を丸くして…泳がせた。
…?
え…この反応は…?
嘘だろ?コイツまさか…?
「い、いえ!確かに四百丁ほどあったと記憶しております」
なんだ結構あるじゃん。俺は胸を撫で下ろした。
「ですが当時は那古野で弾正忠様が打ち取られ混乱を極めておりまして」
「柴田などは籠城しての徹底抗戦を訴えましたがなにせ相手は六万の大軍」
まぁそれは混乱もするわな…徹底抗戦してたら全員死ぬしかなかっただろうし。
「熱田も治部大輔様に恭順の意を示す意向との話をいち早く聞きつけて混乱に拍車がかかりましたが」
いや熱田は桶狭間でも二〇人弱しか出せない弱小勢力だぞ…なんだか那古野城放棄の決断の一端を担ってしまったみたいで申し訳ないけど六万の軍相手に囲まれたらなんも出来んよ?
けど話の内容で聞き捨てならないのが熱田の恭順前の動向を読まれていた?という事は熱田にも内通者…というか滝川のおっさんの忍者が紛れ込んでいた可能性が?
「結局我々は那古野を放棄し所縁ある土豪に散り散りに身を寄せました」
「ですがその後も柴田などからは『弔い合戦じゃ!打って出て那古野を取り戻すべし!』などの意見もありましたが既に鉄砲兵を四百も揃えられぬ有様で…断念しましてございます」
ホームラン王柴田はなんとも物騒な奴だな…
「まぁ…浅慮な行動に走らず良い判断をしたな。それで鉄砲は結構行方知れずになってしまっているのか?」
「いいえ、那古野を脱出した折に池田の屋敷にて管理をしておったはずです」
ふーむなるほど。
「それなら池田…に聞けばよいか」
池田…なんだか千秋季忠の記憶にまた微妙に引っかかるな…信長の重臣っぽいか?
「ああその…池田の屋敷にあったはずですが…」
言葉尻を濁すおっさん。
「今はないのか?」
「帰蝶姫と共に美濃に搬送されたのではないかと…」
尾張国内から出てしまっている可能性が高いか…入り鉄砲に出女って標語はこの時代まだ無いのか?厄介な事になったな…




