第40話︰再起
こちらの曲はアニメでも使用された名曲中の名曲です。知っている方も多いかと思いますが、もし聴いたことがなければ、全楽章聴いてみてください♪
ちりん、ちりんと。
扉を開けて入ってきたのは、煎餅屋を営む稲葉隆二さんだった。
「おうおう、やってるか。息子さんよ」
「やっていないともしも言ったら、帰るのか?」
「おい、そりゃねえだろ。せっかく数少ないお客さんが来てやったというのによ」
「もう店長ったら。やってますよ。いつもと同じでいいですか?」
「おうよ、やっぱり注文を言わなくていいのは楽だわな」
がはは、と豪快に笑いながら、帽子を取り、客席へと座る。
円形のハゲ頭がぴかりと光る。
この人の笑いもいつも通りだな、なんてことを私は思った。
私は珈琲とパウンドケーキを用意して、おじさんへと渡す。
「今日はピアノ〈協奏曲第二番の第一楽章〉を頼む」
昴さんにはそれだけで通じたようで、レコードを用意しに行った。
あっ、今日は自分で弾かないんだ。
私がそう思うと理由はすぐに分かった。
オーケストラとピアノの曲だったからだ。
初めはゆったりとしたピアノのまるで鐘を思わせる音で始まった。
鐘が数回鳴ったかと思うと、急な川のように流れるピアノの伴奏に合わせて、オーケストラが旋律を奏でる。
その旋律はまるでゆっくりと動く流氷のようだった。
と、突然ピアノが素早い動きで動き始める。
ピアノの水しぶきが終わったかと思うと、今度は甘いメロディが漂い始めた。
それに合わせて、オーケストラも甘い旋律を奏で始める。
だが、ファンファーレが鳴ると同時に、雰囲気が変わる。
せき止められていたピアノが一気にメロディを奏でる。
そして、今までのメロディたちが重なって演奏された。
バラバラだったはずのメロディが少しずつ一つになっていく。
そして満を持して、ピアノとオーケストラがメロディを強く鳴らす。
まるで行進曲のように、音楽は進んでいく。
すると、何かの楽器が優しい旋律を奏でた。
オーケストラとピアノがそれに続き、優しいメロディを鳴らした。
そして、ピアノが終幕に向かって階段を昇り始める。
最後には、ピアノとオーケストラが一体になって終わった。
「やっぱりラフマニノフはいいなぁ」
しみじみと珈琲を啜りながら言うおじさん。
いつも通りの反応だった。
「特にこの曲は、セルゲイ・ラフマニノフの再起の曲ともいえる傑作だ」
昴さんも頷きながら言った。
「再起ってどういう意味ですか?」
「ラフマニノフの〈交響曲第一番〉は、記録的な大失敗に終わった。それは指揮者であるアレクサンドル・グラズノフの杜撰な指揮のせいとも言われている。とにかく、ラフマニノフは大曲の大失敗に作曲がほとんど出来ない状況に陥った」
「一曲の失敗でそんなことになったんですか?」
「ああ。〈交響曲第一番〉はそれほどにまで時間をかけた彼にとって重要な大作だったのだよ」
「そこで、現れたのがダーリだ」
隆二さんが言う。
「その通り。医師のニコライ・ダーリは催眠療法を使い、失意のどん底にいたラフマニノフに『あなたは素晴らしい協奏曲を書くでしょう』と繰り返し言ったそうだ。その甲斐もあってかラフマニノフはこの〈ピアノ協奏曲第二番〉が作られた」
「そしてラフマニノフの典型とも言える鐘の音から始まる〈協奏曲第二番〉は、大成功を収めたんだよ」
おじさんは真剣な顔をして言った。
「それからラフマニノフは徐々に自信を取り戻し、数々の名曲が生まれることになる」
昴さんはピアノで、何曲かの冒頭を披露する。
そのどれもが美しい音楽だった。
「人生何が起こるか分からないものですね」
「そうだな。たとえ、挫けても再起の芽はある。それを体現したのがラフマニノフという作曲家であり、ピアニストであろう」
昴さんは顎を撫でながら言った。
「それじゃあ、店長も失敗にめげずに珈琲を淹れる練習をしましょうね」
私は笑わずに言った。
私がいない日でも、ちゃんと喫茶店としてやっていってもらわなきゃ。
そう思ったのだが、何だか寂しい気持ちもあった。
「むぅ」
「がっはっは、嬢ちゃんの言うとおりだな。息子の淹れる珈琲は泥水と変わりゃしねえ」
「そこまで酷くはないだろう!」
「いえ、酷いです」
「酷いから言ってんだよ」
私とおじさんは顔を見合わせて笑う。
それを見た昴さんは何とも言えない難しい顔をしていたのだった。
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