第12話(Re):洒落たBAR?
寒い日が続きます。
体調を崩されないようご注意を
さて、今回もお気軽にお読みください♪
◇
「時々、珍しいお客さんがいらっしゃることもあるんです」
私は微笑みながら、御新規さんに告げる。
「そういう時、このお店っていつもと違う雰囲気になるんですよ?」
御新規さんは、楽しそうに相槌を打っていた。
◇
日もとうに沈み、閉店の準備をしようとしたところで、一人のお客さんが店を訪れた。
よれたスーツを着込む三十代半ば頃の男性だった。
仕事終わりのご新規さんかな?
彼に見覚えのなかった私は、そんな印象を受けた。
「マスター、まだやってるか?」
彼は渋めの声で、昴さんへ話しかける。
マスターって何か気取った言い方だな、なんて私は思う。
「ああ。やっているよ」
昴さんも愛想なく言った。
なんだか大人な雰囲気だな。
「そこのウエイトレス。ホットの珈琲を一杯頼む。ミルクはいらない」
彼はぼそぼそと、淡白に私へ告げる。
「あっ、かしこまりました!」
客席へ案内してから、私は珈琲を淹れにバックヤードへと小走りに駆けていった。
あちゃー。まだ片付け早かったか。
少しばかり後悔しながら、手早く準備を終え、一杯の珈琲を出した。
「はい、どうぞ」
彼はこくりと頷くと、カップから昇る湯気をゆっくりと見ながら、香りを楽しんでいるようだった。
「……マスター、今日はグレン・ミラーで頼む」
「承知した」
無愛想な人みたいだけど、一応常連さんなんだ。
彼らの会話で、私はそれを察した。
昴さんは、棚へ向かうと一枚の古くさいレコードを取り出した。
少し折れて、黄ばんだ紙のケースに入れられたそれは、何だか年代を感じさせる。
そして、昴さんはなにも声がけをすることもなく、気怠げに音楽を流し始めた。
ざざーっという雑音の後に音楽が始まった。
低い音が、階段を上るように歩き出す。
それに、小さなドラムの音が加わり、鈍く柔らかな楽器が陽気なメロディーを奏で出した。
まるでスキップしたくなるようなメロディーだった。
それに相づちを打つように、パーパッと鋭く短い音が合いの手を出した。
次第に音量を上げて、気分も高揚してくる。
そして、様々な楽器が技巧的な演奏を披露して、再びスキップしたくなるようなメロディーが何度も繰り返される。
思わず、指を鳴らしたくなるな。
その陽気な音楽が終わった頃、私はそんなことを考えていた。
しばらくして珈琲を飲み終えた男性は、席を立って言った。
「会計を頼む」
「はい。四百円になります」
彼は会計を済ませると、何も言わずに出て行った。
「何だか不愛想なお客さんですね。常連さんですか?」
「うむ。俺も詳しくは知らないのだが、平日のこの時間あたりになると時折来る客だ。まぁ、静かなことはいいことだ。曲のセンスもいいしな」
確かに昴さんとは、波長が合いそうではあった。
「そういえば、さっきの曲。名前はなんですか? ジャズっぽい曲でしたけど」
「ジャズっぽいというか、まさしくスウィング・ジャズだな。原曲はジョセフ・ウィナーの《Little Brown Jug》、すなわち《茶色の小瓶》だ。先ほどの曲は、それをグレン・ミラーがスウィング・ジャズに編曲したものだ」
「ああ、なるほど。なんか聞き覚えのあるメロディーのはずなのに、リズムがちょっと違って。編曲されたものだったんですね」
「うむ。日本では童謡としても親しまれているな。だが元の歌詞はとてもではなく、子どもが歌うには適していないものだ」
「どんな歌詞なんですか?」
「酒好きの夫婦の話だ。どんな目にあっても、酒を止められないといった内容だな」
「……うん。子どもが歌っちゃダメですね」
「もっとも、今ではグレン・ミラーの功績で、ビッグバンド・ジャズのレパートリーの一つになっている。聴くだけで陽気な雰囲気になれる名曲だな」
「そうですね、何か今日だけここがオシャレなバーになったみたいでした」
「普段はダサい喫茶店と言いたいのか?」
「まぁ、否定は出来ませんね」
私の言葉に、昴さんは「ふん」と鼻を鳴らしたのだった。
—―それはある平日の夜のこと。
珍しい常連さんが訪れた出来事。
いつもと違う洒落たお店へ早変わりする時間のことだった。
第11話fin
そろそろ文章もたまってきていますので、改稿作業に入ろうかと考えています。
それにともない更新頻度が2~3日になると思われますので、何卒ご理解をお願い致します。




