第62話:騎士団入団
ぼんやりとした意識の中、フィードは目を覚ました。見慣れない天井、薬品の匂いの香る室内。温かな毛布が身体を覆っている事に気がつき、ゆっくりと上半身を起こそうとする。
「――ッ! いっッ〜」
しかし、全身に走る激痛に思わず顔をしかめ、そのままベッドの上に再び倒れ込んでしまう。辛うじて動かせる首上部分を左右へとずらし、今自分がどこにいるのかを確かめる。
「ここは……」
よく見れば、自分と同じようにベッドの上にて横になっている複数の人々がいた。その中にはフィードの見た事のある人物もいる。一次、二次と試験を共にした他の受験者たちだ。
「となると、ここは騎士団の医務室ってところか」
場所の把握を終えると、今度は自身の身体の状態を確認し始めた。手、足、腹部などには大げさと言えるほどの包帯が巻かれており、少しでも動かそうとすると激痛が走る。まともに動けるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「人並み以上の治癒力があるといってもこれじゃあ数日は動けそうにないな」
現状を受け入れると共に、当分はここに留まるしか無いと諦め、フィードは天井を見上げた。なにせ騎士団のトップとの激戦を繰り広げ、最終的には命をかけるまでの戦いとなったのだ。五体満足なだけでもよしと考えるのが妥当だろう。
そうして改めて、フィードはエルロイドとの死闘を思い出す。勝敗を決したのは本当に僅かな運であった。エルロイドの絶技が正しく決まっていれば、フィードはこうして痛みに悶える事も無く彼との戦いを思い返す事すらできなかったのだから。
(ったく、よくよく考えれば何でこんな事になっているんだか。そもそもリーネに会いに来ただけだっていうのに、どうして命を賭けて騎士団のトップと戦わないといけないんだよ)
そんなことを思い、内心で愚痴をこぼすフィード。騎士団の試験を受けることになったことでさえ彼にとってはイレギュラーな事態であるというのにエルロイドとの戦いなど予想外にもほどがあった。かつて戦ったときに比べても格段に力を付けている彼との戦いなどこんな機会であれば二度としたくないと思えるほどだ。
だが、その苦労もあってひとまず騎士団の第二試験まではクリアできた。残る問題は一つだけ。
「三次試験だよ……な」
そう、最終試験である面接。騎士団に相応しいかの適性試験である。いくら実力があったところでここで落とされてしまっては元も事もない。そう考えたとき、二次試験で自分が行ってしまった事は最悪と言っても過言ではないものだった。
「しまったな、このままじゃ自分が受かる姿が全く想像できない」
なにしろ騎士団のトップを打ち倒し、その側近ともいえる者達に啖呵を切ったのだ。印象は最悪、試験を不合格にする理由はそれだけで充分だろう。
しかし、ここまで来てリオーネの安否を確認。ついで、何者にやられたのかという情報を手に入れられないのは手痛い。それがもし十二支徒に関わる情報であればなおさらだ。
(いっそのこと、無理を押してリーネを探しに行くか? 幸いここは騎士団の敷地内。今なら見張りも特にはいない)
何故かは分からないが、在中しているはずの医療人もこの場にはおらず、ここにいるのはほとんど意識を失った受験者ばかり。今なら一人くらい抜け出したところでバレやしないだろう。
もっとも、その後外に出てから騎士達に見つからないかは自分次第なのだが……。そこまで考えてフィードは大きく溜め息を吐き出した。
「やめた、やめた。どうせ、この身体じゃろくなことができやしない。それに、エルロイドの奴も自分と戦わせるためにわざわざこんな回りくどい事をさせたんじゃないだろうしな。
きっと、まだ何か俺にさせたいことがあるんだろう。それを聞いてからでも遅くない。それに、リーネの事もあいつに聞けば全部分かるだろうしな」
そう結論を出し、再び眠りにつこうとするフィード。だが、目蓋を閉じようとしたその時、運悪くというべきか部屋の扉が開き、ある人物が中に入って来た。そして、他の者には目もくれずフィードの元へと一直線に歩いていく。
「やあ、調子はどうかね」
「酷いもんだよ、誰かさんが殺す勢いで思いっきりやってくれたからな」
「そうか、それは申し訳ないな。まあ、それはお互い様といこうじゃないか」
「まったく、勝者がこうしてベッドの上で横になっていて、敗者がピンピンしてるとはどうしてだろうね」
「まあ、信頼できる部下が周りにいるかいないかの差じゃないかね。それで、少し話をしたいのだがいいかね」
「ああ、構わないぞ、エルロイド」
自分の元を訪れた来客者にそう答え、フィードは彼が話を始めるのを待った。
「ふむ、それではなにから話したものか……。まあ、まずは君も気にしているリオーネ君のことから話をするとしよう」
「そりゃ、ありがたい。で、あいつは無事なのか?」
「ああ、その点に関しては心配しなくてもいい。五体満足で、今も外に出せと文句を言っているよ。特に君と戦ったと話をしたら力づくにでも部屋から出ようとしてね。困ったものだ、もう少しだけ大人しくしていてもらいたいからね」
「その口ぶりじゃ軟禁されているようなんだがな」
「その通りだ。今彼女は軟禁状態にある。理由は、言わなくてもある程度推測がつくと思うが」
「噂になっていたあれか。リーネが襲われたっていう。でも、無事だっていうんならどうしてそんなことをする必要があるんだ?」
「そこが問題なのだよ。確かに、彼女は無事であるが“襲われた”ということは事実だ。しかも、その相手が同じ騎士団の団員であるからこそ今回の件は公にできない」
その言葉を聞いてフィードの気が張りつめる。エルロイドもまた真剣な表情で話を進める。
「へえ、そりゃ興味深い話だな。まさか、騎士団の中で内部抗争が起こっているとはな」
「ふむ、まあそれも起こっているから否定する事はできないのだが、問題はまた別なのだよ」
「どういうことだ?」
「確かに、今騎士団は裏で内部抗争が起こっている。といっても、こちらは小競り合い程度だからさして問題はないのだ。問題はリオーネ君を襲った騎士が操られていたという点にある」
「操られていただって?」
「そうだ。意識がなくなっているわけではなく、まるで本人の意思を尊重しつつも暴走させているような操られ方だったそうだ」
それは、どこかで聞いた話でもあった。そう、数ヶ月前にセントールに派遣されたリオーネと共にフィードが解決したある戦いに似た……。
「まさか……」
「ああ、私は報告書でしか読んでいないから詳しくは分からないが、今回の一件は十二支徒の一人、エンリカによる犯行が高い。しかも、未だどうやって騎士を操ったのかも分からないし、その足取りも目的も掴めない。一番恐れているのは今現在、普通に接していると思っている騎士が実は操られており、情報を相手に流しているかもしれないという事だ。
しかも、この件を引き金に騎士団の主導権を握ろうと対立派閥が動きだし、最悪国が荒れることになるのだ」
聞いていて思わずフィードの喉元が鳴った。最悪の事態を想定すると恐ろしいという気持ちがなくはないが、今の彼にはそんなことよりも、今回のリオーネの一件に十二支徒が絡んでいるかもしれないという話の方が衝撃が大きかったのだ。
(奴らが、ここに来ているかもしれない。もしやと思って来てみたが、当たりを引いたかもしれないな)
そして、十二支徒の話を聞いてあからさまに表情を変えたフィードを見てエルロイドもまた悪どい笑みを浮かべる。
「それで、フィード。ここまで君に話をしたのはお願いがあってのことなんだよ」
来た。とフィードは思った。ここまで直接会うことなく、騎士団試験をわざわざ受けさせるという回りくどい事をさせた理由がついに明かされる事になる。
「話を、聞こうか」
「君と直接会うことなくこうして試験を受けさせたのには理由がある。先程言った事件。もしかしたら十二支徒による犯行かもしれない。そして、今のところそれを知るものは少ない。リオーネ君をわざわざ出してまた敵に襲わせるのも不味いからこうして軟禁しているのだが、それももう少しで終わるつもりだ。
今度はこちらから一手を打ち、敵を暴きだす。だが、その時部外者の君が現場に出てかき乱されてはたまらないのだ」
「それで?」
「部外者では問題がある。では、“仲間”であるのならば問題はあるまい。私は騎士団のトップだ。多少の独断行為であるのならば他の者の口を抑える事ができる。しかも、その者が実力のある者であるならばなおさらだ。君としても情報は少しでも多く手に入れたいだろうしな。
どうだろう、フィード。今のところお互いの目的は一致している。君には今から騎士団に入ってもらい、今回の事件の解決に力を貸してもらいたいと思っている。
答えがYESなら試験は合格。NOなら不合格だ。当然、情報は与えられないしリオーネ君に会わせる事はできない。さあ、どうする?」
そっと彼の前に片手を差し出し、答えを待つエルロイド。それに対し、フィードは上半身を起こし、彼の顔を見上げながら呟いた。
「二つ、条件がある。一つは俺は用が済めば騎士団を抜けられるようにすること」
「それは構わない。いつでも抜ける事ができるよう手配しよう」
「もう一つ。仮に今回の敵が十二支徒であった場合、そいつらの命を奪うのは俺以外の誰にも譲るつもりはない」
「ああ、それも許可しよう」
「なら、構わない。しばらくの間世話になる」
「こちらこそ。君の多大な力を役に立てさせてもらうよ」
互いの手を重ね合わせ、握手を交わす二人。こうして、フィードは騎士団試験を合格し、当分の間騎士団にその身を置く事になったのだった。




