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アルは今日も旅をする  作者: 建野海
第一部 五章 輪獄の囚人
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第57話:書き置き

暗闇の底から自然と意識を引きずり上げられる。目指す先は光の向こう。徐々に開いて行く目蓋が朝日を浴び、その眩しさから思わず薄目を開けて周りの様子を伺う。見慣れない広い部屋がそこには存在し、起き抜けのまだ覚醒していない頭を必死に働かせ、ようやくここがハイルの城下町にある宿の一室であることを思い出す。


(ああ、そう言えば昨日ウィンと相部屋をしてこの部屋に泊まったんだったな)


 次第に鮮明になってゆく思考で昨晩の出来事を思い出すフィード。そう、彼は昨日成り行きから知り合った少女、ウィンと共にこの部屋で一晩を明かしたのだった。

 この部屋に到着した時、まだまだ元気の有り余っていたウィンとは対照的に旅の疲れが溜まっていたフィードは部屋について早々睡魔に襲われてそのまま意識を手放したのだった。

 普段の思考が戻るに連れてフィードはある事に気がついた。そう、昨晩までは一緒にいたはずのウィンの姿がこの部屋にはなかったのだ。もしかして食事を取りにでも行っているのだろうかとフィードは思ったが、その答えを代弁するように部屋の肩隅に置かれた机の上に一枚の書き置きがあった。

 身体を起こし、ベッドから抜け、書き置きのある机へと向かうフィード。そこに書かれた内容を見て彼は思わず苦笑した。


『この部屋を出て行く前に挨拶をしようと思ったけど、何度起こそうとしても起きないから諦めたわ。代わりにこの紙に文句を書いておくことにしたから。

 まず第一に、女性一人を残してさっさと眠りにつくなんて信じられない! 騎士を目指す男として女性を放ったらかしにしておくなんて事はマナーが欠けているにもほどがあるわ! もう少ししっかりしなさい!

 それから第二に、あれだけ自分で相部屋の問題について語ってたのに不用心すぎるわ。私がもし金品を盗ろうと思ったらすぐに盗れたわよ。

 最後に、私はこれ以上ここにはいられないから先に出るわ。代金の支払いは済ませておいたからゆっくり休んでる事ね。あ、ちなみにこれは助けてもらったお礼であって他意はないから。それと、帰りは優秀な護衛がついているので無事に家まで帰れます。

 ほんの少しの付き合いだったけれど貴方と一緒にいれてあまり悪い感じはしなかったわ。もし、騎士になることがあれば顔を合わせる事もあるかもしれないので、その時はまた相手をしてあげないこともないわよ』


 お説教なのか、心配してくれているのかわからないその書き置きはほんの少ししか接していなかったとはいえ、いかにも彼女らしいものだった。その文からどのような表情で自分に向かって言葉を投げかけているのかが容易に想像できてしまう。


「それにしても部屋代を出しておいたって、そんなこと別にしなくてもよかったのに」


 既にこの場を去ってしまった彼女に対しての文句を呟くフィード。それとは別に気になる一言が手紙の最後には付け加えられている。


「この、騎士になれば顔を合わせる事になるかもってどういう意味だ?」


 それだけが分からず、少しの間頭を悩ませていたが考えても答えはでなかったので、そのことについてひとまず頭の片隅に置いておいた。

 今日彼が向かうべき場所は既に決まっていた。そう、騎士団試験を受けるために再び城に向かい、受付を済ませる事だ。だが、日の昇りようを見る限りまだ受付が始まる時間とも思えない。その間の時間を潰すためにフィードは一階にある酒場で食事を取る事にした。

 着ている服を脱ぎ、持ってきた替えの服に身を包む。身支度を終えると、彼は下に降りた。既に一階にはフィードと同じように食事を取るために起きだした幾人もの人々にて席が埋まっていた。そして、その中には昨日別れたケインの姿があった。

 フィードがケインの存在に気づくと同時に、彼の方もまたフィードがこの場にいる事に気がついた。明るい笑顔を浮かべてブンブンと大きく手を振る。


「フィード! こんなところで偶然だね」


 声をかけられた以上それを流すわけにもいかず、フィードはケインの対面の空いている席に腰掛けた。


「そうだな。昨日別れたと思っていたらこんなところでまた出会うなんて。案外縁があるのかもな」


 冗談めかしていうフィードだったが、ケインの方はそうは思わなかったのか、「その通りかもね」と呟いて大げさに頷いた。


「それはそうとフィードの方はもう用事が済んだのかい?」


「いや、実を言うと思っていたよりも厄介な状況になってな……」


 事情を知らないケインは一体どういう事だと首を傾げた。そんな彼にフィードは昨日起こったできごとを説明した。


「へえ……結局フィードの目的の人には会う事ができなくて、会うためには騎士団の試験に合格しないといけないってこと?」


 ある程度話を省いて説明したが、ケインは特に話に横やりを入れることなく、今伝えた話だけを聞いて納得をしていた。


「まあ、そういうことになるな。無理矢理中に入ろうかとも考えたけど、後々面倒な事態になりそうだったからそれは止めておいた」


「あははっ。そりゃあ、そうだよ。騎士団の本部がある城内に勝手に侵入して無事に逃げられる方がおかしいもん。ほとんどの場合すぐに捕まって牢屋行きだよ」


「いや、頑張ればどうにかなるぞ」


「何言ってるんだよ、フィード。全く面白い冗談を言うなぁ」


 フィード自身冗談を言っているつもりはなかったが、ケインからしてみればそう聞こえるのだろう。それはつまり城の警備がいかに堅いかを証明するものであり、生半可な実力ではすぐさま捕らえられてしまう事を意味した。


(となると、やっぱり無理矢理中に忍び込むのは無理か……。下手したら犯罪者扱いだ)


 そんな風に考えていると、先程フィードの姿を見つけたときよりもケインが目を輝かせてフィードを見つめている事に気がついた。


「その事情があるにしても、フィードも一緒に騎士団試験を受ける事になったんだね」


「まあ、一応はそうなるな」


「そっかあ。いや、なんだか少し安心したよ」


「安心? どうしてだ?」


「だってさ、考えてみてよ。僕や他の人もそうだけど、ほとんどの人はここに一人で試験を受けにきているわけで知り合いなんて少ないじゃないか」


「ああ、そうだな」


「そんな中顔見知りが一人でもいるってだけで緊張感も少しはほぐれるものだよ」


「そうかもしれないな。だけど前にも言ったようにもし騎士団試験を一緒に受けるとなるとそれは相手を蹴落とさないといけない状況になるかもしれないんだぞ。それでもいいのか?」


「う〜ん、できることならそんな状況になってほしくないとは思うけど……。でも、もしそうなってもお互いに全力を出し合えばいいだけじゃないかな? だって、二人とも自分の目的を達成させるためにここにいるんだからさ。気力を出し切ればそこには不満は生まれないと思うんだ。

 たとえ相手に負けて自分が騎士になる道を閉ざされてもまだ次があるんだし、今回は自分の実力が足りなかったって思えるしね」


 思っていた以上にまともな答えが返ってきてフィードは少し驚いた。ケインがここまで考えて自分を試験に誘っているとは思わなかったからだ。


「正直、意外だ。ケインはもっと単純な理由で俺を誘っていると思っていた」


「なにそれ。もしかして、一人で試験を受けるのが不安だとか、そういうこと? まあ、確かにそういった事を思っていないわけじゃないけどね。

 ほら、フィードと手合わせ何度かしてもらったでしょ。あの時にフィードは僕よりも剣の腕が立つなって思ったんだ。だったら少なくとも僕より場数を踏んでいそうだし、色々と助言を貰えるかもと思ったんだよ。

 なんだかんだで、フィードはいい人みたいだしね。それで一緒に試験を受けないかって誘ったっていうのもあるよ」


 予想もしなかったケインのしたたかな考えに今度こそフィードは舌を巻いた。ケインに対する認識を改めないといけないなと彼は思った。目の前にいるのはただの純朴そうな田舎出の青年ではなく、自分の目的を達成するためにはどんなものでも使う、ある意味自分に似た人種だと。

 そして、それを意識せず普通に行おうとしているところから余計にたちが悪いという事も。


「どうかしたのかい、フィード? さっきから黙っているようだけど」


「いや、何でもない。人は見かけによらないものだなと思っただけだ」


「ふ〜ん。まあ、いいや。それよりもフィードも今から朝食だよね。僕もまだなんだよ。よかったら一緒に食べようか」


「ああ、この席に座った時から俺はそのつもりだよ」


 そうして二人のささやかな朝食会は始まりを告げた。それから食事が二人の前に並ぶまで、二人は騎士団試験に関しての話をするのだった。



 ケインと共に朝食を食べ終えたフィードは彼を連れて、昨日と同じように騎士団試験の案内のある城の前に来ていた。門を通り、城に続く道を通り中庭へと辿り着く。

 中庭の中央には噴水がおかれており、その周りから外周に沿って幾つもの花が植えられており、人々の目を癒していた。そして、噴水から少し離れた場所に数名の騎士が木製の椅子に座り、長机の上で試験を受けにきた者の名前を一人一人書き込んでいた。

 そこには既に長蛇の列ができており、フィードはその最後尾に並びながら己の番が回ってくるのを待っていた。ケインは昨日のうちにこの作業は終えているため、フィードから少し離れた位置に立ち、彼の作業が終わるのを待っていた。

 待ち時間、特にやる事もなかったためフィードは城の外観を眺めていた。こうしてみるとやはり大きい。城の最上部は首を真上に上げないと見えない。そこには幾つか窓枠が取り付けられており、おそらくあそこに住んでいるのはこの国の指導者であり、最高権力者である女王やその親族たちなのだろうと想像する。


(騎士達は頭の固い富裕層や貴族の相手もしなくちゃならないんだろうな、俺だったらごめんだな)


 相手に遠慮して、媚びへつらうなんて事は死んでもごめんだなどと思っていると、いつの間にか自分の番が来ている事に気がついた。


「次、名前は?」


 受付をしている騎士に呼ばれフィードは視線を下げる。そして、騎士に顔を合わせて驚いた。


「確かお前、リーネの隊の……」


 そこにいたのはかつてセントールに訪れたリオーネの隊の一員、エリオードだった。予想もしなかった再会にお互い言葉が出てこない。特に、エリオードの場合は前回の一件での罪悪感があるのだろう、居心地が悪そうにしていた。


「何故あなたが……。いえ、それよりも騎士を目指すためにこの試験を受けにきたんですか?」


「いや、そういうつもりじゃないんだ。実はリーネに会いにきたんだけど、門前払いを受けてね。話がしたけりゃ騎士になれってことで試験をうけることになってるんだ」


 と、そこまで話したところでフィードは彼がリオーネの状況について何かしらないかという考えに至った。


「なあ、お前リーネの事件の事知らないか? 同じ隊だったら何か知ってるだろ。あいつは無事なのか?」


 そう質問したものの、エリオード自身も困ったように微笑むのみだった。


「実を言うと僕も副隊長のことについてはよくわからないんです。噂になっている事件があった日は副隊長は一人で特別な任務に就いていたみたいで、その内容も明かされていなくて。それで、事件があった日から自室にて療養中という事で隊のみんなも一度も姿を見ていなくて。

 唯一事情を知っているのはうちの隊の隊長であるグラードさんなんです。でも、心配するなの一点張りで。隊長がそういうからには無事だとは思うのですが」


「そうか……。同じ隊のお前でも知らないとなると、こりゃ本当に直接会うしかあいつの様子を確かめる事ができないな」


 長く話しすぎたため、後ろに並ぶ人が苛立ち始めたことに気がついたフィードはそこで話を切った。


「ありがとな。それで、騎士団試験って実際のところなにをやるんだ?」


 フィードのお礼にエリオードは戸惑っていたが、すぐに他の人と同じように試験の説明を始めた。


「はい。試験の方は一次、二次、三次とあります。一次試験では試験を受けにきた人全てに首掛けを渡し、それを奪い合うバトルロイヤルを行ってもらいます。

 そして、二次の方では一次試験を突破したものの実力をより見極めるために現騎士団の隊員たちと直接戦ってもらいます。もちろん、勝つ事ができれば最良なのですが、こちらも鍛えているため勝つ事ができるのは難しいかもしれません。そこで、今後に見込みがあるものがいればたとえ戦いに負けたとしても、試験を担当した騎士の裁量で合格を渡し、次の試験に挑む事ができます」


「ふ〜ん。それで、三次試験の方はなにをするんだ?」


「三次試験の方は面接ですかね。本当にその人間が騎士として正しい資質を持っているかどうかを見極めるものになります。たとえ実力があったとしても、人格破綻者だったり、騎士として相応しくない人を隊の一員として認めるわけにはいきませんからね。

 ただ、ここだけの話。最近はここはあまり重要視されていない傾向にあります。恥ずかしい話ですが、騎士の中には人々が思っているような高潔な精神を持っていない人がいるのも事実ですから」


 そこまでの話を聞いてフィードはどうしたものかと考える。一次、二次試験を通る事はどうにかなりそうな気もするが三次試験はおそらく自分には厳しいかもしれないと考えたからだ。


(元々騎士になるつもりはないし、二次試験を通り抜けたとしてもそこで落とされる可能性があるんだよな……。どうにか、その時だけ猫を被っておくしかないか)


 そもそもの目的がリオーネに会う事なのだ、その目的を果たせばその後騎士失格の烙印を押されたところでたいして気にならない。


「うん、よくわかった。説明ありがとな」


 そう言ってその場を去ろうとするフィード。だが、そんな彼をエリオードが声をかけて引き止めた。


「あ、あの! あの時は、セントールでの事は申し訳ありませんでした。本当なら、向こうにいた時に謝らないとって思っていたんですが、勇気が出なくて」


「別に謝らなくてもいいさ。お前はただ操られていただけなんだから」


「それでも、あれが僕の本心であった事は変わりません。だからといって、騎士が民間人を傷つけていい理由にはならないです」


「なら、なおさら気にするな。俺は民間人っていうほど柔な人間じゃない。あれくらいの荒事なんてそれこそ日常茶飯事だ」


 そう告げて今度こそフィードはその場を後にする。残されたエリオードは複雑な表情を浮かべながらも、次の人の対処に追われる事になった。

 並んでいた列を逆戻りし、フィードは待っていたケインに話しかける。


「待たせたな、用はもう済んだよ」


「そっか、それじゃあ宿に戻ろうか。そういえば、フィード。受付をしている騎士と何か話していたみたいだけど、なに話していたの?」


「なに、もう終わった事さ」


 その返事にどこか不満そうな顔をするケイン。そんな彼に笑いかけながら、フィードは宿に向かって歩いて行く。

 そんな彼の姿を城の窓枠から眺める影が二つあった。一つは屈強な体格をし、人々の信頼を一身に受ける騎士団の顔であるエルロイド。不適な笑みを浮かべ、窓枠に手をかけ、去り行く彼の姿を見送る。

 そして、もう一つは……。


「ふん、ホントに来たんだ。ま、精々頑張りなさいよ」


 プラチナブロンドの髪を揺らす一人の少女だった。

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