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決心。

(………ここは……どこだろう)

ふと目を開くと、ぼくは木々に囲まれて立ち尽くしていた。

(これは……夢の中、なのか…? )

それにしては、風の音や鳥の鳴き声なんかも聞こえてきてリアルだけど……

きょろきょろと辺りを見渡すと、ぼくの後ろに木々が切れて道が出来ていて。その向こうはもやもやとした霧がかかっていて見通せない。

……こうしてても仕方ないし、向こうに行ってみようかな。

試しに一歩踏み出してみると、足の裏にざくざくと伝わる何かを踏み潰す感覚がして。そのまま足を進める度に、ざくり、とか、くしゃっとか音が変わって、でも不思議と足元を見ようとは思わずに、そのまま進んでいく。どこまでもどこまでも木が立ち並んでいて、歩いても歩いてもキリがなくて。

しばらく歩いただろうか、不意に霧が晴れて視界が開ける。するとそこには見慣れた校舎が見えて。

……なんだ、ここ星花の外れの森だったのか。にしては変な感じだったなぁ。と、そんなことを考えていると遠くから鐘の音が聞こえてきて。この音は……げっ、朝のホームルームの鐘だっ!?

いつの間にか握っていたカバンも気にせずに、慌ててぼくは走り出す。やっべ遅刻だ遅刻だっ。

走り出す風をそのままに、星花の玄関を目指して走っていく。途中、ぼくと同じように遅刻組を追い越したけど、その度にぎょっとした目で見られて足を止められる。なんだよ、お前らも急げよ、なんて思いやる余裕もなく玄関にたどり着き、下駄箱に雑に靴を突っ込んで履き替えると、そのまま教室目掛けて猛ダッシュ。人とすれ違う度に悲鳴を上げられるけどお構い無し。よし、間に合った。

と、教室の入口で茉莉花を見つけて声をかける。

「よっ、お前もギリギリセーフか? 」

ぎょっと振り向いた茉莉花。そしてぼくのことを見るなり恐怖を浮かべて、

「げえっ!? なんでここに男が!?」

「おい、悪い冗談はよせよ」

そう言って伸ばした手のひらは心做しか大きく見えて、

「た、助けてくれぇ!!」

「あ、おい」

慌てて逃げていく茉莉花。なんだよアイツ……と思いつつ振り向くと、ぼくの後ろには警備員達が立ち並んでいて、その後ろには恐怖を浮かべたクラスメイト達の姿。

「おいお前っ、大人しくしろ!!」

「……なんで? 」

あれか? ぼくへのドッキリか?

「そんなことしてて大丈夫なの? もうすぐ授業だけど」

「な、何を言ってるんだお前はっ」

どうしちゃったの、みんな? と首を傾げつつ近寄ると、みんなも少しずつ下がりだす。何の遊びだろうか? と思っていると、人垣の中から何かが飛んできてぼくの顔にあたる。

「痛いな、なにすんだよ」

拾い上げてみるとそれはヘアバレッタで。

「う、うるさいっ、なんでここに男が居るのよっ、さっさと出てきなさいよ」

「おい、みんなしてどうしちゃったーー」

それを言い終わらないうちに、次から次へと物が投げつけられて、ぼくは慌てて逃げだした。その間にもぼくの横をかすめて色んなものが飛んできて、

(パフに、ビューラーに、ナプキンに、編み棒

に、グロスに、人形に、ケーキに、フライパンに、ヘアアイロンまで!?)

すんでのところで直撃はしてないけど、ちょくちょく危ないものが飛んできてる。なんでだよっ!?

と、向かう先に見慣れた人影があって。

「おーいゆみりー、助けてくれぇ」

その声に振り向いたかと思えば、ゆみりもまた驚いて逃げ出して、それを追いかけるようにぼくもまた走り出す。

「待ってくれよゆみりっ」

「こ、来ないでぇ」

ゆ、ゆみり、あの図体なのに早いなっ、ぼくが全然追いつけないっ、

いつしか校舎を抜けて、小路も抜けて、ゆみりは森の中へと逃げていく。それを追いかけてぼくもまたさっきの森の中へと足を踏み入れる。

ちょこまかちょこまかと走り回るゆみりにぼくも息が切れてくる。だけども次第にその差は縮まって、ついにその背中に手が届いた。

「ゆみり、待ってよ」

ぱしっとその腕を掴むと、ぼくの方へと引き寄せる。恐怖に引きつったその顔は今までに見た事がなくて。

「ねぇ、どうしてそんなにみんな怖がってるの、ぼくだよ、凉だよ」

そう言ってもゆみりはいやいやと首を振って逃げ出そうとする。

「やだー!! 助けてー!!離してー!!」

「ちょっ、なんでだよっ」

逃げようとする袖口を強く引っ張ると、びりっと音がして袖が千切れる。

「きゃぁぁぁぁ!?」

「あっごめんっ、今すぐ応急処置するからっ」

と、いつも内ポケットに入れているソーイングセットを取り出そうと制服を触ると、硬い胸板に触れて腕が止まる。

「や、やだっ、やめてっ、」

改めて怯えた顔のゆみりに手を伸ばすと、尚もいやいやと首を振る。それからポケットからこぼれ落ちた鏡を投げつけてくる。すかさず受け止めると、

「誰か助けてっ、男の人、こわいっ」

おとこ………? なんでみんなぼくのことを男だなんて……

伸ばしていた手が視界に入る。それはいつもの綺麗な手じゃなくて、ごつごつとした硬い大きな手で。

そのまま胸元に触れると、返って来たのは忌まわしい柔らかさじゃなくて板のような硬さ。

わなわなと震える手で、さっき投げつけられた鏡に自分を写すと、

「な、ななななななんだこれっ!?」

そこに居たのは、ぼくであって、ぼくじゃなかった。うっすらとひげがあって、顔も四角くて、目もぎらぎらとしてて。

……ぼくは本当に男になっちゃったのか………

呆然として取り落とした鏡が砕ける音で我に返ると、そこにはもうゆみりは居なくて。その代わりにぼくのことを星花の制服の生徒たちが取り囲んでいた。

(やだっ、なんでここに男が居るのっ)

(ふーん、6組の各務っての男になりたいんだー)

(こーんなでっかい胸してんのにねっ、)

(きっと男ウケよ)

違うっ、そうじゃないっ、と言い返すために一歩踏み出すと、足元でくしゃりと何かが潰れる。見ればそれはリボンで。

ぼうっと生徒たちが霞むと、その次は僕の横で小学生の時の仲間達が指さして笑ってた。

(おいっ、スズがなんか変だぜ? )

(ほんとだ、スカート履いてら)

(変なのー)

なんだよお前らっ、と手を伸ばすと、足元のスカートを踏みつけていて。

それがぼうっとかき消されると今度は真後ろで、

(なんだよ裏切り者、自分だけ男になって。ぼくのこと見捨てやがったな? )

(そうだそうだー、なりたくてもぼくたちなれないのにー)

(……いいなぁ、凉ちゃんは)

茉莉花といのりと望乃夏さんが恨めしそうに眺めていた。

(こ、これは違うんですよっ)

と言い訳しようとして踏みつけた先にはシュシュが落ちていて、

それもかき消された後に立っていたのは、

「ゆみり……」

(…………嫌い)

とだけ呟いたゆみりはそのまま消えてしまって、後には僕だけが残された。

……な、何だったんだ、今のは……と戸惑っていると、足元でくしゃりと音がする。そっと足をどけると、そこにあったのはぼくがゆみりにあげたヘアゴムで。拾おうと手を伸ばしただけで脆く崩れ去った。

鏡、リボン、スカート、シュシュ、ヘアゴム……ぼくが踏みつけたもの……そして学校で投げられたもの………

……ああそうか、ぼくがしてきたこと、全部やり返されてんだ………

「……いやだ」

その場にへたり込むと、天を仰いで肩を震わせる。

「ぼくは……ぼくはっ………」

「※※※※※に、なりたくないっ、」


「……ちゃ、す…ゃんっ、すずちゃんっ」

ゆさゆさと揺さぶられて、そっと目を開ける。

そこに居たのは、心配そうな顔をするゆみりで。

「ゆみ……り……」

そっと手を伸ばして、ゆみりのことを強く抱きしめる。

「うわっと、ととっ、もう、どうしたのすずちゃん」

そっとぽんぽんっと背中を叩いてくれるゆみりの手のひらがとても優しくて。

「………ねぇゆみり、もし……もしだよ? ぼくが、その……本当に男の子だったら……ゆみりはぼくのこと、見つけてくれたのかな……」

「なぁに、どうしたのすずちゃん? 」

「馬鹿げてるってのは分かってる。……でも、さっき見た夢で、ぼくは……」

「すずちゃん」

ぽんぽんと背中を叩く手が頭へと移されて、

「わたしは、どんなすずちゃんでもどこかで見つけてたと思うし、好きになってたと思うよ」

「ゆみり……」

さらに強くゆみりの胸に顔を埋める。……泣いてなんかない、っていつもなら強がるところだけど、今はもう泣いてたくて。

「ほらすずちゃんっ、こうしてたら寝れないからっ、離れて離れてっ、」

「やだ」

今日だけは駄々っ子で居させてよ、ゆみり。

だって今日はーーー



ねぇ神様。居るのかどうか分かんないけどさ。

もうぼくは、男の子になりたいなんてワガママは言いません。だからぼくをーー各務凉を、ずっとゆみりの側に居させてください。

ここで終わり、とするのもひとつの美しさなのかもしれませんが、そうは行かないようで。

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