結んだ手のひら、その先に。
ベンチに座り直して、ゆみりを横にちょこんと置く。
「あんまん、ぺっちゃんこだけど」
がさごそと袋から取り出して半分に千切り、ゆみりに渡す。
「冷めちゃってるや」
「そうかな? 」
さっそくもぐもぐし始めたゆみりが首を傾げる。
「ほんのり暖かいし、なんだか不思議な味」
「不思議ってねぇ……」
そう言われてぼくも一欠片。……うん、最近あんまん食べてないから覚えてないけど、こんな味だったっけか。それに冷めきってると思うけど。
「それにしてもぺっちゃんこだね」
「うん、人混みの中、ギュッとだっこして、たから………………!? 」
ま、まさか、「ほんのり暖かくて、不思議な味」って…………
「ぎゅ、ギュッと、だっこ…………」
ゆみりもなにかに気づいたみたいで、
「う、うん…………だっこ…………」
「ってことは、このあったかいのって、…………」
その先は続かなくて。
「…………もういいや、なんだかお腹いっぱい……」
「わたしも……」
紙袋にひと口かじったあんまんを戻すと、ゆみりもひと欠片残ったあんまんを紙袋へと戻す。
「………………」
「………………」
それからは、二人して無言のまんま。
…………やりづらいな…………どうしよう。
先に口を開いたのは僕の方で、
「…………ゆみりはさ、どうしてここが分かったの? 」
「んとね……ここの商店街、お休みの時にたまに来るの」
「なんだ、知ってたんだ。なら混むよってことぐらい先に教えてくれればよかったのに」
あれ、僕はなんでこんなつっけんどんなことを…………
「だ、だって、すずちゃんがふらふらいっちゃうから……」
「引き止めてくれないんだ」
更に追撃。…………え、ちょ、なんで?
「だ、だって、すずちゃんが歩くの早いから……」
「……そっか、そうだよね、でも」
ゆみりの方に向き直って、まっすぐ見つめる。
「引き留めて欲しかったな、ゆみりに」
「わ、わたしは…………」
「だってさ、あの後けっこう探したんだよ? 慣れない街のアーケードをもう1回走り抜けようかと思ったけど見つけられる気がしないし、なら携帯にって思ったけどゆみりの番号知らないし、」
「そ、そうだね…………」
ゆみりが困惑してる。そう、だよね。いきなりそんな事言われても戸惑うよね…………
「正直言うとね、ゆみりの手を離したこと、すごく後悔してた。せっかく手に入れた幸せなのに、自分から手放しちゃって、僕って馬鹿だなって」
「し、しあわせ!? 私が、しあわせ……」
ゆみり、赤くなってる。…………というか、ぼくも赤くなりたい。恥ずかしい。
「わ、わかった、じゃあ」
ゆみりの手が僕の手を包み込む。ひんやりとしてて、ぼくの手よりかじかんでて、……ゆみりの方も、ぼくのことをずっと探しててくれたんだって初めて気づく。
「私の方も離さないっ、すずちゃんのこと。私も、すずちゃんと出会って、しあわせだからっ」
ぎゅううっと手のひらに力がこもる。でも、さっきみたいにあったかくはなくて、
「ゆ、ゆみり、ストップ」
そのまま詰め寄ってきそうなゆみりを止める。
「……なんで? 」
不満げな顔。そういうとこも可愛いんだからもう。
「ゆみりの手、冷たいじゃん。…………ぼくのことをずっとずっと探しててくれたの、わかるよ。でも…………ゆみりは、暖かい方が好きだな。だから、あったかいの、飲まない? 」
「…………いけずぅ」
ぶすっとしたゆみり。それでもやっぱり寒いのか、大人しく僕の後について自販機まで歩いていく。…………その代わり、ぼくの腕をがっしり抱き抱えてるから歩きにくいけど。
「はい、ゆみりはココアね」
「むぅ……ありがと」
まーだむすっとしてるし。いい加減機嫌直せって…………そりゃあいいムードだったのはぼくにも分かってるけどさ…………はぁ、もう。
なんだかなぁ……とゆみりの横に腰かけてミルクコーヒー缶を呷る。うん、やっぱりこれは美味しいな。
「…………ねぇ、すずちゃん」
「んー? 」
「…………誰かを好きになるのって、ダメなことなのかな? 」
「…………どうしてそう思うの?」
ドキリとしたのを上手いこと隠して問い返す。
「だって、マンガとかだと普通女の子は男の子を好きになるでしょ? でも…………私が好きになったのは、」
「はいストップ」
ゆみりの言葉を無理やり遮る。…………その先はまだ、準備できてない、からっ…………
「別に悪いことじゃないと思うよ、誰が誰を好きになっても」
そう、それが例え女の子だったとしてもーーそっと目線で訴えかけるけれども、ゆみりにしたらそれが不満なようで、
「うそつき」
「…………なにが? 」
「…………口先だけじゃない、そんなの」
「ほんとだって、ほんとにそう思ってるから」
急に強気になったな、ゆみり。
「うそ、ほんとにそう思ってるなら」
ガタリと立ち上がる。
「なんで、なんでわたしのこと好きだって言ってくれないのっ!!」
…………遂に、爆発したか。
「ゆみり、落ち着け」
「落ち着けないよっ!! 私がどれだけ悩んだか知らないくせにっ!! どれだけ悩んで、どれだけ迷って、どれだけアピールしてきたか…………それなのに凉ちゃんは生返事ばっかり、私の勇気もみーんなダメにしちゃって…………私はどうすればいいのかわかんないよぉ…………」
最後の方は半泣きになってて、もう絞り出すみたいに言葉を投げつけてて、
「ゆみり………………ごめん」
そう言って頭を撫でようとするけれど、その手すら嫌がっているようで、
「…………とりあえず、座って。いくらでも付き合うから…………ほら、ココアもまだ開けてないじゃん」
今はそれだけ言うのが精一杯で、ゆみりの方ももういっぱいいっぱいみたいで、大人しくぼくの横に――さっきよりもやや離れて座ってココアを開ける。
…………バカだな、ぼくは。何回アプローチされても、その都度心の準備が出来てないって言い訳して止めさせて。自分ではとっくに踏ん切りもついてるし、むしろ欲しいのに。そして挙句の果てにはゆみりにこんな顔させて…………ほんっと、ぼくってバカ…………
「…………いけないよね、これじゃ」
そんな独り言にゆみりの肩が震える。
…………はっきりしろよ、各務 凉。『男』、なんだろ? 何をためらう必要があるんだ?
でも、ゆみりは…………でも…………
もう、どうにでもなれ。
「…………ゆみり」
一気に距離を詰めて、のろのろと上げたその顔目掛けてぼくも顔を近づけて、…………ゆみりの唇を、ぼくのそれで塞ぐ。
「んんっっ!? 」
「んっ……」
おもいっきり見開かれたゆみりの白目が見える。…………苦しくなってきた、離そう。
「……ぷはぁっ」
あー、苦しかった……………
「すず、ちゃん…………」
ぽへーっとして視線が定まらないゆみり。目の前で軽く手を振ってみると、だんだんと顔が赤くなってきて、
「す、すずちゃん…………いま、わたしたち……」
「…………言うなよ恥ずかしい」
ぷいっとそっぽを向く。今になって恥ずかしくなってきた…………くそう。
「…………ちゅー、したんだよね? 」
「言うなっての」
あー、くそ…………穴があったら逃げ込みたい…………あっ、ちょうどそこに滑り台あんじゃん隠れようかな。
「…………うれしい。すずちゃんと、ちゅー、しちゃった」
「だーかーらー! 恥ずかしいから言うなっての!!」
つい大声で怒鳴る。あーもうこうなったらヤケだ。
「ゆみりのことはお出かけのベンチの時から好きだったよ!! バス停のベンチで寄りかかられて!! ゆみりのフォークで食べて!! ゆみりのかじりかけのたい焼きでドキドキして!! あとは…………あとはそうだ、その事考えてて一晩中眠れなくて、あとは、あとはっ」
「す、ストップ、すずちゃんストップ!! 」
がるるる……制止されて目線をあげれば、ちょっとドン引き気味なゆみり。…………あっ、やっちゃった…………
「そっか、すずちゃん、あの時からわたしのこと好きだったんだ。そっか、そっか♪」
「…………悪かったな、ヘタレの意気地無しで」
「ううん、全然いいの。…………だって、これで分かったもん、私もすずちゃんも、お互いに好きだってこと」
「…………だな」
あー、なんだかスッキリしたな。やっぱり隠したまんまより、素直に打ち明けた方が良かったんだなって。
………………って、それは置いといて…………そっと唇に手を置く。ここが、ゆみりの唇と…………
「…………ぼくのファーストキス、ゆみりにあげちゃったんだ……」
急に身体が火照っていく。けど、フードコートの時とは違って、なんだか心地いい。
「…………ってあれ、ゆみり? 」
なんでそんなにソワソワしてるの?
「んっと、すずちゃん、実はね…………私もすずちゃんも、ファーストキスじゃないの……」
「………………へ? どゆこと? 」
初めてじゃ、ない…………?
「実は…………凉ちゃんが保健室で寝てる時、我慢できなくなって…………あ、でも、ちょっとだけだよ!! 軽くぶつかったとこでチャイムが鳴って…………」
あたふたするゆみり。………………なーんだ、ぼくの『初めて』は、とっくにゆみりに盗られてたのか。………………ちぇっ、あんなにウジウジ悩んでたの馬鹿らしくなってきちゃった…………
「ね、すずちゃん。もう1回ちゅーしよ? 」
「えぇ…………またやるの? 」
あれ息できなくて苦しいんだけど……
「だってぇ…………保健室の時はぶつかっただけだし、さっきはいきなりだったんだもん…………」
「もう、分かったよ」
改めてゆみりの真横に座り直すと、もう目を閉じてプルプル震えながら待っているその唇にそっと口付ける。…………あっ、ココアの味だ。しかも……なんだこれ、ゆみりの匂いがめっちゃ近くて…………だ、ダメだ……もっと、欲しい…………
無意識のうちに腕をゆみりの背中に回してもっと近くに引き寄せると、ゆみりが逃げようとするのか、じたばたと暴れ出す。ちょ、大人しくして、って、
バシャァッ!!
「うわ、あっつ!!」
慌ててゆみりを突き放して飛び退くと、見えてきたのは濡れて張り付いたぼくのスカートと地面に転がるココアの缶。
「ご、ごめんっ、今拭くからっ」
あわあわとハンカチを取り出してぼくのスカートを拭き始めるゆみり。
「ちょっ、めくらないでっ!? 」
「ご、ごめんっ」
おろおろあたふた。えっと、ジャージ………くそっ、教室だ。
「す、すずちゃん、これ私のだけど…………」
ゆみりに手渡されたジャージに足を通してみる。
「う、なんだかお腹周りがゆる」
「おデブじゃないよぉっ!!」
ゆみりの反論虚しく、ぼくにはちょっと緩かったので返品する。
「いいよ、別に目立たないし…………このまんまで」
「だ、ダメだよっ…………そうだ、ならジャージの上でっ」
「いや、それだとなんだかぼくが漏らしたみたいに見られるから…………」
思い出したくない記憶がひょこりと出てきそう…………
「うー…………ならさ、わたしの家で洗濯するから、一緒に来て 」
「………………へ? ゆみりの、家? 」
…………まじで?




