三つの個室と仔猫たち。ー本当の後編
「ったく、いつまで待たせんだよ..............」
「だからそれは悪かったって」
茉莉花の横に並んで早朝の廊下を歩く。よく拭き取ったとはいえ、まだ濡れてる髪がひんやりとした廊下の空気を纏って底冷えを感じさせる。..............さみぃ。
「しかも自分の胸見てニヤニヤしてるし」
「っ/////」
だ、誰がニヤニヤなんかっ.......
「..............んま、そんな軽口は置いとくとして」
歩みを止めた茉莉花に合わせて立ち止まると、その先には望乃夏さんがひっくり返って..............いや、談話室のソファーにそっくり返ってアゴの裏が見えてる。
「「..............なにしてんだこの人」」
思わずハモった声を聞いてか、望乃夏さんが伸びをして起き上がる。
「んっ、ふぅ..............あ、つれてきたね」
未だにぼーっとしていて目の焦点が合ってないけれど、とりあえずぼくらのことは分かるみたいだ。
「いや、ごめんごめん。ボクが朝弱いの忘れてたよ..............とりあえず隣座って? 」
ぽふぽふとソファーを叩く。とりあえず望乃夏さんの横に座ると、ぼくを挟むように茉莉花が隣に来る。
「ふふっ、なんだかこうしてみると..............三姉妹みたいだね♪」
「し、しま..............い.......?」
思わず両脇をきょろきょろする。一方茉莉花は、
「えー、こんな時でもぼく末っ子ー? 実際んとこ、兄貴いるからほんとに末っ子なんだけど..............」
むすっとして不貞腐れてる。
「あれ、二人は何月? 」
「ぼくは十月ですね」
「おっしゃ勝った、ぼく九月!」
なんだか茉莉花が一人で盛り上がってる。いやお前な、冷静になれ。たった一ヶ月だぞ?
「ふーん、そっかー。茉莉花ちゃんが九月、んで凉ちゃんが十月ね。なら並びは逆の方がいいかな? でもなぁ.......なんだろ、いい感じだからこのまんまでいいや」
いいんだ..............それにしても茉莉花にマウントとられるのはなんか腹立つな。たかが一ヶ月なのに。ヘタレなのに。
さて、と望乃夏さんが座り直す。
「茉莉花ちゃん、買ってきた?」
「あぁはいはい、配んの忘れてた」
と、茉莉花がさっきからずっと持っていたビニールを開けて、まずミルクティーのペットボトルを望乃夏さんに渡す。それからココアの缶を自分の足に挟むと、
「凉はコーヒーでいいか? 」
「構わない」
頭の上にコーヒー缶を載せられる。どんな返事だよそれ。
「とりあえず、乾杯しよっか」
「え、なんで? 」
「んーと..............ボクっ娘三姉妹会結成記念? 」
「勝手に変なの作んないでくださいよ」
茉莉花が口をとんがらす。でも全然嫌そうじゃなくて、
「ん、いいと思います」
望乃夏さんのボトルに向けて缶コーヒーを差し出すと、茉莉花も手を伸ばしてココア缶を両方にぶつける。一口飲んで口を湿らせると、手持ち無沙汰に缶を握り直す。
「さて、とりあえずこうして出会ったわけだけど..............凉ちゃん、答えは出せたかな?」
何を指してるのかは聞かずともわかる。無言で首を横に振って目線を落とす。
「..............わかんないまんま、です。身体はどこをどう見ても、女だってことは確かめられるんだけど..............こう、なんと言うか..............自分の中身としては、まだ折り合いがついてないというか..............」
「なるほどねぇ」
大きく頷く望乃夏さん。
「へっ、まだ受け入れられないのかよ」
茉莉花の勝ち誇ったような物言い。
「そういうお前も完全に受け入れてるわけじゃないだろ。胸潰してるし」
「ぐっ.......」
してやられたという顔。へっ、これで一本取り返したぞ。
「い、いいだろ別に。でかいと邪魔なんだしよ」
「まぁそれに関しては同感だが..............あ」
ふと横を見ると、望乃夏さんが自分の胸とぼく達のを見比べてた。ついでに茉莉花は今はサラシは巻いてない。
「いいよねー邪魔だなんて言えるのはー」
露骨な棒読み。..............いや、何もぼくらだって欲しくてついたわけじゃ無いんですが.......
「そ、そう言えば望乃夏さんが『ボク』を名乗るようになったきっかけってあるんですか? 」
すかさず話を切り替えると、
「うん、あるにはあるよ。 あれは.......あーっと、小5ぐらいかな。親に連れられてちょっとした会合に行ったんだけど、そこで何人かの大人に紹介されてね。しかもナントカ長だの、ナントカ議員とか肩書きのつくのばかり。その度に付いてきた母さんの顔色が悪くなってって..............後で悟ったんだけど、ボクは親父の駒だった。あの時の大人達には、みんな同い歳ぐらいの息子達が居た。..............わかるね? 縁戚になって自分の権力を得たいが為に造られたんだよ、ボクは」
空気が一気に冷え込む。しばらく何も言えずにいると、
「あぁ心配しなくていいから。今はこの問題も片付いたし。..............そうだね、なんで『ボク』を名乗るようになったかがまだだったね。..............この事を知ってからずっと、成長したくないって思ってたんだ。でも変化は来ちゃうんだよ、どうしても。周りでもちらほら噂話になる頃、ボクもまた『成長』が始まって..............渋々受け入れたんだけど、最後の柱として、『ボク』を名乗るようになったんだ。『私』だと、全部が女の子になっちゃう気がしてね。それで今に至ると」
「な、なるほど..............」
お、重すぎる..............思わずコーヒーを一気飲みする。
「そうだ、差し支えなければ二人の『キッカケ』も教えて貰えるかな」
「キッカケ.......」
茉莉花と二人で顔を見合わせて、「お前が先に話せ」と牽制し合う。丁々発止の末に茉莉花が先に折れた。
「ぼくの場合は.......」
まだ続いちゃうんだなこれが。




