3つの個室と仔猫たち。ー中編
だいぶまたせてしまった
壁のコックを捻ってシャワーを出すと、一歩踏み出してその滝に身を委ねる。頭を濡らし、上半身を温め、それでも余った床を叩きつける水滴が跳ね返って、足元に冷たさを残す。
(やっぱし、風呂って大事だなぁ)
布団に包まれば大丈夫だと思ってたけど、こんなシャワーでも身体の芯を温める為には必要なことなんだなって、改めて思う。
そんな風に感傷に浸っていると、右手の壁が遠慮がちにノックされる。あぁ、ついのんびりし過ぎた。
「あっ、はーい」
「どう? お話出来る?」
「あ、はい、お待たせしてすいません」
聞こえやすいようにシャワーを止めると、壁際に寄って腰を下ろす。
「あっ、そこまでしなくてもいいからっ。頭とか洗いながらでいいよ」
「そ、そうですか..............」
そういえばまだお湯浴びただけだったな.......と思い直し、備え付けのシャンプーを手に取って泡立てていく。
「..............うん、決めた。単刀直入に行くけど..............いい? 」
「あ、はい」
さっきからぶつぶつと何か言ってたと思ったら、いざ誘ってから話すことを考えてたのか.......
「じゃあ.....................キミって、『女の子』?」
「...................................へ?」
一瞬、何を聞かれたのか分からずにマヌケな声で応える。
「何を聞くんですか..............ぼくが男だったらここに居られるはずないじゃないですか」
「ふぅん?なら自分は『女の子』だって、言い張れる証拠は?」
「それは.......胸も膨らんでるし.......邪魔だけど..............柔らかいし、男のアレはないし、月に一回調子を崩すし、..............なにより戸籍が女になってますし」
「色々と上げてくるねぇ..............なら質問を変えようか。キミは..............キミ自身の中身は、『女の子』かい? 」
一閃、ぼくの中を銃弾が抉る。
「なっ、なにを..............いうん、ですか.......」
制御を失い、枯れた声。
「自分自身、女の子だってことに納得できてるか、って事だよ」
急にブースの中が氷点下になった。足が震えて力を失くし、その場に尻もちをつく。排水溝へと誘われなかった水分が、床からぼくを冷やしていく。
「..............大丈夫?」
床にへたりこんだ音が聞こえたのか、隣から心配そうな声が聞こえてくる。けどぼくは、それに返す余裕なんてものは、全然なくて。
(ぼくは..............ぼくは、ほんとに、女の子???)
僅かに動く手で、自分の全身を確かめる。狭くすぼまった肩幅、日に日に存在感を増す2つの胸、程よくくびれた脇腹、その下には.......一本スっと入った切れ目と、それを取り囲んだ濡れて貼りついた黒草。全部、この数年で降りかけられた忌まわしき呪い。でもこれが、僕を『女の子』と定義する不文律。
(でも..............これは、外見だけ..............中身は..............中身は、どうやって示せばいい? )
「お、おーい..............? 」
(心の中は見せようと思っても誰にも見せられない、だとしたら.......)
「あのー、..............おーい?」
(立ち振る舞い..............ダメだ、それじゃいのりと同じだ、だとしたら..............)
「ほ、ほんとに大丈夫っ!?」
遠慮も断りもナシにシャワーカーテンがこじ開けられる。
「っ!?」
び、びっくりした..............
「だ、大丈夫..............じゃ、なさそうね.......」
背中にそっと手を置かれると、むしろ温もりを感じるぐらいで、
「完全に冷えちゃってる..............相当悩ませちゃったかな..............」
おろおろする人のその胸には、ぼくよりも控えめな膨らみが揺れていて、目線を落とせばぼくと同じつくりのモノがあって。その向こうには茉莉花も、慌てて飛び出したのかタオルを巻かずに立ち尽くしていて..............その見た目も、ぼくと殆ど同じ。
..............わからない..............なん、だろ..............ぼくは..............ぼく、はっ..............
縋るような目線をそっと向けて、絞り出したのは、
「..............ぼくは..............ぼくは一体、『誰』、なんですか..............?」




