3つの個室と仔猫達ー前編
「ん、お待たせー」
一足先に大浴場の前で待っていると、着替え一式を抱えた茉莉花が小走りに廊下を駆けてくる。
「おせーよ、自分から呼び出しといて遅刻すんなし」
「悪りぃ悪りぃ、てか凉ちゃんが早いんだって」
「ん、そうか?」
と、小脇に抱えたいつものパジャマと下着セットを見やる。..............別に、いつもの調子と変わらないんだけど?
「さーてとっ」
茉莉花が大浴場の扉を開けて足を踏み入れる。続けてぼくも入り込むと、夜とは違ってひんやりとした空気に包まれる。
(ほー、夜だとなんだかむわっとする感じなのに.......)
後ろ手に戸を閉めると、茉莉花の姿を探してその近くで服に手をかける。と、すぐに茉莉花が飛び退く。
「うわっ!? す、凉ちゃんなんでこっち来んだよっ!? 」
「あ? 別にどこで脱ごうと人の勝手だろ」
なに変なこと言ってんだか。 そう思って振り向くと、茉莉花がジャージを半脱ぎのままそそくさと逃げていくとこだった。
「なんで逃げんだよ? 」
「う、うっさいなっ!?」
..............ふーん? さてはこいつ、自分の体型にコンプレックスあるな? けっ、胸真っ平らとか、こっちからしたら羨ましい限りだっつーの。後でこのネタでいじってやろっと。
「見られてハズいもんでもあんの?」
わざとらしく茉莉花の横に回り込んで、ぼくも着替えを再開する。
「くっ..............後で覚えてろよ凉.......」
真っ赤になりながらも、茉莉花は逃げるのを諦めたらしく、のろのろと脱ぎ始めた。..............ん? サラシ?
「そ、そんなにじっくり見んなよっ」
茉莉花が本気で怒ったらしい。いじるのは置いといてぼくも脱ぐことにするか。
「..............リアルにサラシを使ってるヤツ初めて見た。ぼくも使うの考えたことあっけどさ、それ苦しくねーの? 」
「..............本気で潰そうとすると痛い。でもな.......『女』にゃなりたくなかったからね」
「..............そっか」
それだけで通じ合える不思議な感覚。なぜかは分からない、けどもそれはきっと、同じ思いをした者としての「カン」というか、「同情」というか、とにかくそんなもの。
「..............ぼくも使ってみるかな」
少し窮屈になったブラから解放された胸を乱雑に触り、大きさを確かめる。なんでまたこんな邪魔なサイズ..............
「やめといた方がいいんじゃない? こういうのは周りがまだ誰も知らないうちに始めるもんだよ。今からやった所で周りが不審がるだけだよ?」
「..............そんなもんか」
横目に茉莉花を見やると、サラシから解放された胸がこれでもかと主張していて。..............ふーん、そこそこあるんじゃん。
「す、凉ちゃん、なかなかおっきいじゃないの」
「ただ邪魔なだけだっつーの」
ぶつくさ文句を言いながら、上がった時に着る着替えを用意していく。..............なんとなく、換えの下着は昨日買ったあいつらにしてみた。
「へぇ? 凉ちゃんもオシャレなの持ってんじゃん」
「うっせ」
あーしかもタグ付けっぱだし..............この辺にハサミとか.......あるわけねーか。ちぇっ、しゃーねーの。
ひとまず値札は千切って、白いプラスチック紐を犬歯で噛み切った。
「凉ちゃんって変なとこでワイルドだね.......」
「そうか? 」
昔遊んでた連中はこんなのフツーにやってたけどな..............普通はやんないのか。
タオルだけ持って浴場の扉を開けると、しぃんとした冷気の中でシャワーの音が一つ。そっちを見ればシャワーのブースのカーテンが一つ閉まっていた。
「ほら茉莉花、なにそこでグズグズしてんだよ」
と、浴場の扉の前でタオルを抱えてモジモジする茉莉花を呼ぶ。
「す、凉ちゃん、先に向こう行っててよ.......ぼくあとから行くからさ.......」
「なんで風呂ぐらいでそんな恥ずかしがるんだよ..............」
毎日自分の身体見てんだから今更他のヤツ見ても変わんねぇだろうよ..............変なやつだなぁ..............
閉じてるブースの二つ先に身体を滑り込ませて、壁のコックを捻ってシャワーをまずは頭から浴びる。あぁぁ、温い..............さて、次は身体を―
「あ、あれっ? どこに置いたっけ..............ご、ごめーん、誰かいませんかーっ!?」
あん? なんだ騒がしいな.......
「ここにいますよー」
「あっ、いたっ。ごめーん、ちょっとこのブースに来てくれるかなっ?」
「いいですけど.......」
一体全体どうしたってんだ?
ブースから出ると、ちょうど茉莉花と鉢合わせた。
「のわっ!?」
向こうも油断していたらしく、ぼくよりちょっと大きいんじゃないか? ってぐらいの胸と足の付け根を慌てて隠す。
「勝手にやってろ」
テキトーにあしらってから、声のしたブースのカーテンを一気に開ける。
「あっ、よかったっ、ねぇその辺にさ、リンスの瓶転がってなーい?」
「リンス?」
ブースの中をきょろきょろと見渡すけれど、それらしきものは見つからず。外まで転がったか? と反対側を向くと、そこには金色のボトルが確かに転がっていた。
「ど、どーお? ない?」
「ありましたよ」
あたふたと宙をさまようその手にリンスのボトルを握らせると、
「おっ、ありがとっ」
と、リンスを手に取って頭に塗り始める。
「いやぁ助かったよ、ありがとっ。いやぁ、ボク、メガネないとなんも見えなくてさ..............」
「そうですか」
と、あしらってブースのカーテンを閉じて自分のブースに戻ろうとして、ふと気になったことを問いかける。
「..............ボク、ですか」
「ん、あぁ..............やっぱり気になる?」
少し寂しそうな声のトーンに、なぜだかぼくの心までズキリと痛む。
「..............気にならないと言ったら、嘘になります。自分.........いや、ぼくも、そうですから」
「おっ、そうなんだ」
ちょっぴし弾んだ声。もしかして、この人も.......
「あ、あのっ」
「ねぇ、ちょっとお話しない?」
ぼくが呼びかけるのと、向こうから話しかけられるのは同時で。
「は、はいっ 」
慌てて答えると、自分のブースに置きっぱなしにしたタオルとかを抱えて、すぐ隣―――その人の横のブースに入ろうとカーテンを開けると、
「ひいんっ!?」
茉莉花がシャワーの前で膝を抱えてた。
「.......勝手にやってろもうっ」
雑にカーテンを引くと、その人のブースを通り越してその真横に落ち着いて、改めてシャワーのコックを捻った。




