第99話
京 礼庵の診療所―
みさの驚いた顔に、東はふと眉を寄せた。
東「…どうした…?」
みさ「…東先生も…ご存じないんですね。」
東「…なんだ?なんのことだ!?」
東は何か悪い予感がして、みさの両腕を掴んだ。
東「あいつに何があったんだっ!?」
みさの目から涙が溢れ、ぼろぼろとこぼれた。
東「みさっ!!」
みさは、そのまま東の胸にしがみつくようにして泣いた。
……
東は、礼庵の部屋で、みさと向かい合わせに座っていた。
ただ、呆然としている。
東「結局…京ヘ…帰ってこないのか…。あれから…ずっと…」
そう呟いた。
礼庵は東と別れた時、確かに京ヘ帰ると言っていた。鳥羽伏見で死んだ中條の墓を作るんだとも言っていた。そんな強い意志で帰っていった礼庵が、京ヘ戻らない理由などない。…やはり、あの頃の官軍につかまってしまったとしか考えられなかった。
しかし男姿をしているとはいえ、女だということは、いずればれたはずである。たとえ当時の官軍でも、女性の…それも医者として関わっていただけの礼庵を拷問したり、殺したりすることは考えられなかった。
その上、明治2年には「大赦令」が出て官軍に抗したものが赦されている。そして、土方のような戦没者にしても、今年になって赦免され、自由にその霊を弔うこともできるようになったのである。仮に礼庵が官軍につかまったとして、監禁等を余儀なくされたとしても、少なくとも明治2年には解放されたはずである。
それなのに戻らなかった…ということは…。
東「…みさちゃん…礼庵が、官軍につかまったのだとしたら…あいつは、死を選んだような気がする…。」
みさ「……」
東「官軍につかまって、沖田さんの居場所とか、新選組のこととか、なんらかの取り調べを受けた時か…あるいはつかまった時点で、自害したんだと思う…。…それ以外に…京に帰ってこない理由は考えられない…。」
みさは、泣きながらうなずいている。みさも同じことを考えていたのだった。
東「…あの…ばかやろうが…。…やっぱり、止めるべきだった…。」
東は、うめくように呟いた。そして、みさの前でひれ伏した。
東「みさちゃん…すまんっ!…俺のせいだっ!俺がどんなことをしてでも、あいつを止めるべきだった!!謝ってもすむ話じゃないが…どうか赦してくれ!!」
みさ「東先生…!」
みさが、東の両手を取り上げさせた。
みさ「ええんどす…。先生は…誰が何を言ったって…京に帰ろうとしはったと思います。」
東はなおも首を振って、その場に伏せた。…必死に冷静を保とうとしていたのだが、やはり無理だった。溢れる涙が止まらず、ただただ、その場に伏して泣き続けていた。




