第98話
京 壬生―
東は礼庵の診療所の前で、しばらく呆然とした。
7年前と全く変わらない門構え。質素な作りはそのままであった。
戦などで火にも焼けず、よく残っていてくれた…と思うと、感慨深いものがあった。
老婆は「じゃぁ」と言って、立ち去っていった。東はあわてて頭を下げ、老婆の背中に礼を言った。
東「さぁっ!久々のご対面だ。…あいつも、34か。いい女っぷりを見せてくれるかな?…それとも、いい男っぷりかな?」
東はそんなばかなことを口走ってから、ごほんと咳払いすると、開いている門から入っていった。
……
玄関の戸をあけて入ると、懐かしい空間がそこにあった。
東「変わらねぇなぁ…」
東がそう呟くと、袴をはいた若者が出てきた。
…いや、よく見ると…若い女である。それもひどく美しい。東はしばし言葉をなくし、呆然とした。
東「あっ…あのっ…礼っ…礼庵先生は、いらっしゃいますか?」
東が、言葉をつまらせながらもそう言うと、その袴の女はきょとんとした顔で東を見た。
「私が、礼庵ですが。」
東は「えっ」と驚いて、もう1度、その女の顔を見上げた。
東(…どうみたって…34には見えないぞ…なんだ?どうなっているんだ?…あいつ、化け物だったのか???)
そう思ったが、どう見ても東の記憶にある礼庵の顔とは違う。それに、もし本当の礼庵だったら、自分を見てすぐにわかるはずである。
すると、その袴の女が言った。
「!…東先生!!…東先生ですねっ!?」
東「!?」
東は、まばたきをした。頭の中が混乱して、ただその場に立ち尽くしていた。
すると、その袴の女は敷居から飛び降りるようにして、東に抱きついてきた。
東「!!」
袴を履いているとはいえ、若い女性である。もちろん、抱きとめているその体も、女性特有の弾力があった。
東は、真っ赤になった。
「東先生…よお来てくれはりました…。」
その京独特の発音を聞いて、東は、はっとした。
東「!!…みさちゃんかいっ!?」
東は体を離して、女の顔を見た。
東「…ああっそうだっ!面影があるぞ!…」
女は顔を赤くしたが、その目には涙がうっすらと浮かんでいる。
成人したみさだった。みさは、礼庵の名を継いで医者になっていたのだった。
東「で、本家本元の礼庵先生はどこだい?…文を出すと言っていたのにあの野郎、一度もくれやしなくてさ。」
その言葉に、みさは驚いた顔をした。




