第95話
総司の療養所―
総司の密葬は、その名の通り密やかに行われた。礼庵自身、総司を埋葬した寺の名前を聞かなかった。
たとえ死後でも官軍に見つかれば、総司はその首を切られて梟首されてしまう…。これは、大げさな話ではない。
礼庵は密葬から、納屋の後片付けまで手伝った。
そこで総司が、隠れ生きていた…という痕跡をすべて消し去ったのである。
すべてを終えた礼庵は、明け方になって植木屋の門を出た。すると、あの黒猫が、耳をぴんと立てて行儀よく座っていた。
礼庵は、猫の傍にしゃがみ、黒猫の体を撫でてやった。
礼庵「…総司殿の最期を看取ったのは…そなただけだったね。…そして、約束どおり、よく伝えに来てくれたね。ありがとう。…」
黒猫は、気持ちよさそうに目を閉じている。
礼庵「私は、京ヘ帰らねばならない。…そなたはどうする?」
黒猫は目を見張って、礼庵を見上げた。そして、一つだけ「にゃあ」と泣いた。
礼庵「そう…ここにいるんだね。」
何故だか、礼庵には黒猫の気持ちがわかったような気がした。もしかしてついてくるのかとも思っていたが、黒猫の目を見ていると、そうでないような気がしたのだ。
礼庵「では、黒猫殿…お元気で。…また…会えるといいね。」
礼庵は黒猫の頭を撫でると、立ち去って行った。
黒猫は、座ったまま礼庵を見送っている。礼庵の姿が見えなくなっても、ずっとその場から動かなかった。
…この黒猫はその後、植木屋へ姿を現すことはなかった。
……
庄内 姉みつの家―
みつに文が届いた。
その文が、植木屋の主人からとわかった時から、中は予測できる。みつは、中を見る前であるにもかかわらず、先に涙があふれた。
が、とにかく文を開いた。
必死に涙を拭いながら読んでいたが、総司の死のことが書かれたところで、また字が見えなくなった。
みつは一度、手ぬぐいで涙をきれいに拭ってから、再び読み始めた。
みつの目に「礼庵」という名が飛び込んできた。
そして、土方からの手紙に書いてあった言葉を思い出した。
やはり「礼庵」は京から来て、最後まで総司の世話をし、密葬の際も、植木屋の主人達の手助けをしたという。
みつ「せめて…お礼を言いいたいけれど…」
みつはしばらく口元に手を当てて泣いていた。
すぐにでも、総司の墓に線香をあげてやりたい。…が、庄内からそう簡単に行ける距離ではない。
結局…みつ達が江戸に戻ってきたのは、明治六年になってからだった。




