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第94話

総司の療養所-


礼庵は黒猫を追い、納屋へたどり着いた。その庭先に、黒猫が総司のいる部屋の前に立っている。

礼庵 「ありがとう…黒猫殿」


礼庵はそう黒猫に言うと、庭から縁側へと入り、障子を開けた。

総司は、いつものように寝ていた。そして総司の横で、老婆が両手で顔を覆いながら、座っていた。


「礼庵先生!」


驚く老婆を尻目に、礼庵は総司の傍らに走りよった。


礼庵 「総司殿!」


総司の顔は白く、ぴくりとも動かなかった。


老婆 「つい先ほど、息を引き取られたところでございます。」


老婆のその言葉に、礼庵はがっくりと肩を落とした。


礼庵 「間に合わなかったか!!」


礼庵は、しばらく声を殺して泣いた。


……


老婆は、勘違いをしている。

総司が息を引き取ったのは、「つい先ほど」ではない。が、総司の体は、まだ温かい。ついさっきまで生きていたと思えるほどに、温かく柔らかかったのだ。人間の体というものは、死んだからといってすぐに冷たくなるわけではない。しかし、ずっと眠っているものだと思っていた老婆にはわからないし、知る由もない。

総司が、息を引き取ったのがいつなのか…それを知っているのは、今、縁側の下で行儀よく座っている黒猫だけであろう。


……


礼庵は、総司の横に座り、じっと死顔を見つめていた。

安らかな顔をしているようにも思える。

今、老婆には総司の体を拭うために、湯を沸かしてもらっている。そして、植木屋の主人は、姉のみつに総司の死を伝える手紙を書いていた。

しばらく時間がかかるであろう。その間、少しでも長く総司の傍にいられる。

礼庵はそう思った。


礼庵がそっと、総司の頬を触ってみるとまだ温かい。そして柔らかかった。


礼庵 「総司殿、独りで逝ってしまわれたのか…」


礼庵の頬に、涙がつたった。


『私は先生を医者ではなく、友人だと思っています。』


出会って間もない頃に総司にそう言われた時から、二人の奇妙な関係が始まった。礼庵は未だに、総司に対する思いが「友情」だったのか「恋」だったのか、わからないでいた。


礼庵は冷たくなりかけている総司の手を、そっと握った。


礼庵 (恋だったのかもしれない。)


礼庵は、そう思った。そしてその恋は、「友情」という形で実っていたのだと、やっとわかったのである。

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