第92話
東の養生所―
朝早くに帰ってきた礼庵は、自室の部屋の壁にもたれたまま、寝入っていた。
黒猫と約束したとおり、袴も服もそのままにしている。
……
礼庵は、ふと目を覚ました。
すると、袴が見えた。
驚いて見上げると、総司がにこにこと微笑んで立っていた。
それも出会った頃の、元気な姿の総司だった。
総司「礼庵殿」
礼庵はただ驚いて、その総司を見上げている。体は金縛りにあったように動けなかった。
総司「もうお別れしなければなりません。どうぞお元気で…」
礼庵「総司殿?」
総司は微笑を残し、礼庵に背を向けて去っていく。そして、障子を開かずにそのまま姿が消えてしまった。
礼庵「総司殿!!」
……
礼庵ははっと目を覚ました。
礼庵「夢…?」
礼庵はしばらくぼんやりとした。何か胸騒ぎがした。
礼庵(総司殿は、もしや…)
礼庵はあわてて薬の入った箱の取っ手を持ち上げ、袴のしわも構わず養生所を飛び出した。
「礼庵!?どうしたっ!?」
東の声が背中でしたが、礼庵は答える余裕もなく、ただ走った。
その礼庵の走っていく前に、黒猫が飛び出してきた。
礼庵(!?まさか!)
礼庵はあわてて立ち止まり、自分の前で座った黒猫の元にしゃがみこんだ。
総司「黒猫殿!?」
黒猫は踵をかえし、おもむろに走り出した。
礼庵「!!」
礼庵はつられるように、黒猫を追った。黒猫の走る先には、総司の療養している納屋がある。
礼庵(最期を看取ってやりたい!)
礼庵は祈るように黒猫を追って走っていた。




