表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/101

第90話

総司の療養所―


老婆が沸かした湯を持ってきてくれ、総司は礼庵に手伝われて、体を拭き着物を替えた。


総司(…これ以上…礼庵殿を引きとめてはならないな…)


総司は意を決して、口を開いた。


総司「もう、行ってください。」


礼庵は驚いて首を振った。そしてずっと傍にいてくれると言ったが総司は断った。自分でも何故だかわからないくらい、礼庵の厚意を頑なに断った。


礼庵「…では、今日は早めに来ます。」


礼庵が言った。総司は礼庵の手を自分から握った。


総司「ありがとう。礼庵殿。」


総司がそう言うと、礼庵は首を振って、潤んだ目で総司の顔を見つめていた。


……


総司(…これで良かったんだな。)


独りになった総司は床の中で思った。もう礼庵と会えなくなることを悟っていた。姉が庄内へ行ってしまったときは、独りで死ぬのは嫌だと思っていた。しかし、今は違った。


総司(…あの人の悲しげな顔を見ながら死ぬなんて…。私があの人にしてあげられることは、迷惑をかけないで死ぬことくらいしかない。)


そう思っていた。


『おめえに惚れてる』


土方が言った言葉を、ふと思い出した。


総司(…本当だろうか?)


総司は今になってそう思った。


総司(…もし本当にそうだったとしたら…私は、あの人の心をもてあそんだことになるのではないだろうか…?)


罪の意識を強く感じた。そのとたん、激しく咳き込んだ。自分の背をさする人は誰もいない。

総司は床に突っ伏した。やがて咳が収まった。血は吐かなかった。

しばらくして、総司はゆっくりと仰向けになった。大きく息をはずませながら、その人のことを思った。


『私は、女らしさを捨てた女だから…』


礼庵の言葉を思い出した。どうして女だとわかっていることを、早く言ってやれなかったんだろう。総司は再び後悔の念が湧き上がるのを感じた。

礼庵の幻が総司の横にいた。


総司「あなたの心を、もてあそぶつもりはなかったんです。許してください。」


総司がそう言うと、幻はにっこりと微笑んでうなずいていた。『わかっています』と言っているかのように…。

総司は手をのばしてみたが、幻はその手を握ってはくれなかった。総司はやがて手を下ろした。


総司「…あなたのこと…好きでした…。…でも、今さら…信じてもらえないでしょうね…」


総司は、幻にそうつぶやいた。そして目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ