第87話
総司の療養所―
明け方になって、礼庵がいつものように帰り支度をはじめた。
礼庵「また、明日参ります。」
総司「ありがとう…礼庵殿。」
総司は微笑んでそう言ったが、何か胸のあたりが苦しいことに気づいていた。
礼庵の帰り際に咳き込みたくなかった総司は、顔にはださぬようにしていた
…が、咳き込んだ。それと同時に何かの塊が喉元でつまった。
総司「…!…」
礼庵「!…総司殿…!」
礼庵が総司の体を起こすと、背を抱え込むようにしてさすった。
礼庵「こらえてはだめです!…吐いて!!」
礼庵が叫ぶように言い、背を叩いた。総司はぐわっと血を吐いた。
畳が真っ赤にそまり、いくつかの塊がその中に混じっているのが見えた。
…が、その後は目の前が真っ暗になった。
気を失ったのではない。その証拠に、礼庵が自分の体を抱きとめているのを、ちゃんと感じている。
礼庵がゆっくりと、総司の体を床の中へと寝かせた。
そして、顔だけを横に向けた。また血を吐いた時にのどにつまらせないためであろう。
そして、総司の顔についた血を、手ぬぐいでぬぐった。
体がかっかと熱いのに、総司は何故かがたがたと震えた。目は開いているのかいないのか、まだ見えていない。
礼庵「総司殿…気をしっかり持ってください。」
総司は見えぬままうなずいた。納屋の異変に気づいて、あわてて飛び込んできた老婆に、礼庵は手ぬぐいを持ってくるように頼んでいる。
総司はしばらく、二人が自分の汚した畳を拭いている様子を耳で感じていた。




