第85話
総司の療養所―
総司は、微笑んでこちらを見ている礼庵に言った。
総司「…あなたに謝らなければならないことがあります。」
礼庵「…?何ですか?」
総司「あなたを女性と知りながら、ずっと黙っていました。」
礼庵が驚いた表情をした。しばらく総司を見つめたまま黙り込んでいたが、やがて震える声で「いつから…?」と尋ねた。
総司は礼庵から目をそらし、遠くを見るように天井を見つめた。すぐにはいつからだったのか思い出せないでいた。
総司は、おもむろに答えた。
総司「池田屋襲撃の後です。」
礼庵は、驚いている。
礼庵「そんな前から…」
総司はうなずいて言った。
総司「私はそれまで、ずっとみさの事ばかりを考え、みさの心配ばかりをしていた。でもその日から、あなたの事を心配するようになりました。」
礼庵はまだ動揺しているようである。必死にそれを隠そうと、こぶしを胸元に押し付けるようにしている。
礼庵「私は全く気づかれていないものだと思っていました。」
総司「…何度も、あなたに言おうと思ったのです。でもあなたは、仕事で無理をして倒れたり、私に付き合って酒を飲んだりして、女と気づかれないように気を張っていたように見えました。そんなあなたのためには、男友達として接するのが一番いいと思ったのです。そのために、女性であるあなたに失礼なことも言いました。…でも今になって考えてみれば、あなたを女性と認めていれば、お互い気を遣うことがなかったのではないかと…」
礼庵は、総司の言葉を遮るようにして、首を振った。
礼庵「認めてくださらなくて良かったのです。…私は総司殿に女と知られた時、別れることになるのだろうと思っていました。」
今度は総司の方が動揺し「何故?」と尋ねた。
礼庵は自嘲気味に笑った。
礼庵「私は「女らしさ」というものを捨てた人間です。…男でいる方が一番長く総司殿のそばにいられると思っていました。…だから総司殿に、女だと知れる時をとても怖れていました。」
総司は、自分の手を握っている礼庵の手に力を込めた。礼庵もそっと握り返してきた。




