第80話
総司の療養所―
朝―
総司は今日も、床の中である。
開いている障子から、空が見えた。
そよ風が、総司の頬にかかる。
微熱が続いている総司には、ちょうどよい気持ちよさだった。
その時、黒猫が縁側に前両足をかけて、顔を見せた。
総司「…黒猫殿…」
総司の顔が柔らんだ。
総司「おいで…」
そう言って、手を差し出すと、黒猫はそのまま縁側に飛び乗ろうとしたが、足を滑らせて「ぎゃっ」という声とともに落ちた。
総司「黒猫殿!」
総司は驚いて、布団から出ようとしたが、思ったより体が重く、その場に伏せてしまった。
黒猫がすぐに縁側へ飛び乗り、何もなかったかのようにすまして座った。
総司は体を起こして、出ない声で笑った。
総司「ひどいな。…心配したのに。」
そう言うと、黒猫は、総司の頬を何度もなめた。
総司は、その黒猫の体を引き寄せ、仰向けになると自分の胸に乗せた。
総司「…重くなったね。…いや…私が痩せてそう感じるのかな。」
黒猫は気を悪くしたのか、総司の胸から降り、総司の頬に寄り添うようにして丸くなった。
最近ずっと、黒猫は総司の傍で過ごす。
老婆は一度、猫の毛や、毛についている虫などで、総司の具合が悪くならないか心配し、その猫を引き離そうとしたことがある。
その時、そっと老婆に抱き上げられた黒猫は逆らうことはしなかったが、その腕の中で小さく鳴いた。
めったに鳴かないこの黒猫の声を聞いて辛くなった総司は、老婆に言って黒猫を返してもらったのだった。
老婆が、障子を開いたままにするようになったのは、その時からだった。
総司は黒猫の体を撫でながら、再び眠りに入っていった。




