第76話
総司の療養所―
総司の夢の中―
……
総司は胸をはずませて屯所へ戻ろうとしていた。
可憐は、総司の選んだかんざしを喜んでくれた。
総司(…今度はいつ会えるだろう?)
そう思いながら歩いていると、川辺で木にもたれて座っている男を見つけた。
総司「………?」
座ったまま動かない。総司は死んでしまっているのではないかと思い、その男の傍まで駆け寄った。
総司「!…礼庵殿…」
礼庵だった。薬箱を握ったまま、寝入っている。とっさに礼庵の口元に手を近づけてみた。すると暖かい息が総司の手に当たった。
総司「…よかった…。」
そういえば、礼庵はいつも薬箱を持って町中を歩いていた。そうでないときは、診療所で患者を診ていたことを思い出した。
総司(…疲れているんだな…)
そう思った。
総司は礼庵の傍に座った。起こすべきかどうか悩んでいると、礼庵の体が木からずりおちそうになった。あわてて体を支え、元に戻した。それでも礼庵は目をさます様子はなかった。
…しばらくして、礼庵が目を覚ました。そして総司を見て驚いていた。
礼庵「…総司殿?…どうしてここに?」
総司は苦笑した。
総司「あなたが川へ転げ落ちないように、見ていたんですよ。」
礼庵「そうでしたか…それはかたじけない…」
礼庵はそう言って、はっとしたように立ち上がった。
礼庵「帰らなきゃ!」
総司「!!…あぶない!」
礼庵は目に手を当てて、体勢を崩したのである。
総司はとっさに体を支えた。
総司「診療所まで送ります。」
礼庵「大丈夫ですよ。独りで帰れますから。」
そう礼庵は笑って言ったが、次の瞬間、突然意識を失い、総司にもたれかかってきた。
総司ははとっさに礼庵を抱いた。触れた頬がとても熱かった。
総司(!…かなり熱がある…早く連れていかなければ…)
総司は礼庵の体がずり落ちないようにして背中におぶった。思ったより軽かった。
総司(ちゃんと食べておられるのだろうか?)
総司は早足で診療所に向かったが、はっと気づいて立ち止まった。薬箱をどうしたかと思ったのである。ふと振り返って、礼庵の手を見ると、薬箱をしっかりと握り締めていた。
総司(…気を失っても、これだけは離さないのだな…)
総司はそう思ったとたん、先刻まで浮かれていた自分が恥ずかしくなった。




