第69話
総司の療養所―
総司の咳き込む回数が増えてきている。
毎回、血痰が出るわけではないが、総司の弱ってきている体力を考えると、かなり辛いはずである。
しかし、総司は咳き込んでも、周囲への気遣いだけは、怠らなかった。
「おかあさん」と呼んでいる老婆がいる時は老婆に、礼庵がいるときは礼庵に、咳がおさまった後には、必ず微笑を見せて「ありがとう」と言った。
礼庵にはそれが辛い。
微笑んだ後に、ぐったりと床へと沈み込む総司の体を労ってやりながら、礼庵は自分の無力さを感じずにはいられなかった。
……
ふとした時に総司が咳き込み始めた。思わず礼庵が背中をさすってやろうと近づくと、突然、総司の手がとび、突き飛ばされたのである。
それは、病人の力とは思えないほどの強いもので、礼庵は腰を打った衝撃でしばらく動けなかった。
礼庵「総司殿…?」
もしかして…病に対してなんの役にも立たない自分に愛想をつかしたのかと考えた。しかし、総司は咳き込みながら「傍へ来ないで…」と言った。咳き込みながら、申し訳なさそうにこちらを見たその目に、礼庵は総司の思いに気づいた。
病を遷すことを恐れているのである。
総司「…今さら…遅いとはわかっています…でも…」
その後の言葉が継げずに、総司は咳き込んでいた。
礼庵は打った腰をゆっくりとあげ、痛みを堪えながら総司に近づいた。
礼庵「…私にはうつりません。…よけいな気遣いは迷惑です。」
礼庵はあえてそう冷たく言った。
総司「…申し訳ない…」
総司はそう言ったまま、咳き込み続けていた。礼庵は何も言わず総司の背をさすった。
……
総司は床に寝かされた後も、すぐには眠ろうとしなかった。
礼庵が養生所へ戻らねばならない時間が近づいているからである。
礼庵「総司殿…さっきのようなことは、もうしないでください。」
総司は苦笑するように微笑んで、うなずいた。
礼庵「…私は、総司殿に出会う前から、労咳の患者を何人も見てきました。…それでも、ほら…私はなんともないでしょう?」
そう言って、両手を広げてみせる礼庵に、総司はにこにことして再びうなずいた。
今は、声を発する気力がないようである。
礼庵「…私はまだいます。目を閉じて、お休みください。」
総司はしばらく礼庵を見つめていたが、やがて微笑んで目を閉じた。
礼庵はほっと息をついた。
……
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ここでは、総司さんが礼庵に病をうつすまいと、彼女を突き飛ばしています。実際、この時期、総司さんは一人きりだったのですが、近藤さんの奥様のところへ、一里の距離を籠に乗って訪れたりしていたそうです。そして、そこで喀血したことも伝えられていることを考えると、総司さんは独りでいる寂しさを紛らわせる方法が他になかったのでしょう。その時、幼い「たまこ」ちゃんという女の子が近藤さんのところにいたそうです。正直、奥様は病をうつされないかと心配したでしょうが…それだけ総司さんが寂しい思いをされていたと思うと、辛いですね…。




