表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/101

第69話

総司の療養所―


総司の咳き込む回数が増えてきている。

毎回、血痰が出るわけではないが、総司の弱ってきている体力を考えると、かなり辛いはずである。

しかし、総司は咳き込んでも、周囲への気遣いだけは、怠らなかった。

「おかあさん」と呼んでいる老婆がいる時は老婆に、礼庵がいるときは礼庵に、咳がおさまった後には、必ず微笑を見せて「ありがとう」と言った。

礼庵にはそれが辛い。

微笑んだ後に、ぐったりと床へと沈み込む総司の体を労ってやりながら、礼庵は自分の無力さを感じずにはいられなかった。


……


ふとした時に総司が咳き込み始めた。思わず礼庵が背中をさすってやろうと近づくと、突然、総司の手がとび、突き飛ばされたのである。

それは、病人の力とは思えないほどの強いもので、礼庵は腰を打った衝撃でしばらく動けなかった。


礼庵「総司殿…?」


もしかして…病に対してなんの役にも立たない自分に愛想をつかしたのかと考えた。しかし、総司は咳き込みながら「傍へ来ないで…」と言った。咳き込みながら、申し訳なさそうにこちらを見たその目に、礼庵は総司の思いに気づいた。

病を遷すことを恐れているのである。


総司「…今さら…遅いとはわかっています…でも…」


その後の言葉が継げずに、総司は咳き込んでいた。

礼庵は打った腰をゆっくりとあげ、痛みを堪えながら総司に近づいた。


礼庵「…私にはうつりません。…よけいな気遣いは迷惑です。」


礼庵はあえてそう冷たく言った。


総司「…申し訳ない…」


総司はそう言ったまま、咳き込み続けていた。礼庵は何も言わず総司の背をさすった。


……


総司は床に寝かされた後も、すぐには眠ろうとしなかった。

礼庵が養生所へ戻らねばならない時間が近づいているからである。


礼庵「総司殿…さっきのようなことは、もうしないでください。」


総司は苦笑するように微笑んで、うなずいた。


礼庵「…私は、総司殿に出会う前から、労咳の患者を何人も見てきました。…それでも、ほら…私はなんともないでしょう?」


そう言って、両手を広げてみせる礼庵に、総司はにこにことして再びうなずいた。

今は、声を発する気力がないようである。


礼庵「…私はまだいます。目を閉じて、お休みください。」


総司はしばらく礼庵を見つめていたが、やがて微笑んで目を閉じた。

礼庵はほっと息をついた。

……


お読みいただきありがとうございます(^^)

ここでは、総司さんが礼庵に病をうつすまいと、彼女を突き飛ばしています。実際、この時期、総司さんは一人きりだったのですが、近藤さんの奥様のところへ、一里の距離を籠に乗って訪れたりしていたそうです。そして、そこで喀血したことも伝えられていることを考えると、総司さんは独りでいる寂しさを紛らわせる方法が他になかったのでしょう。その時、幼い「たまこ」ちゃんという女の子が近藤さんのところにいたそうです。正直、奥様は病をうつされないかと心配したでしょうが…それだけ総司さんが寂しい思いをされていたと思うと、辛いですね…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ