第68話
礼庵の回想-
礼庵は、自分の手をあらためて見た。手のことなど考えたことがなかった。
土方「総司は知っているのか?」
礼庵はあわてて首を振り「いいえ」と言った。
土方「何故、女と言わない。」
礼庵「今のままが一番いい関係のような気がするのです。もし、総司殿が私を女と知ったら…お互い気を遣うような気がして…」
土方「ふむ…」
土方は、あごをさすった。礼庵が続けた。
礼庵「私は、少しでも長く総司殿とお付き合いをしたい。そのためには、同性だと思っていてもらうのが一番だと思うのです。」
土方が、腕を組みなおして言った。
土方「確かに性を越えた友情と言うのは、難しいかも知れんな。」
礼庵は「はい」と答えた。
土方「そなたは若いのに、何かを悟りきった坊主のようだな。」
その土方の言葉に、礼庵は苦笑した。けなされているのか、ほめられているのかわからなかった。
土方は、再び前を向いて歩き出した。礼庵も続いた。
土方「総司のこと…これからも頼む。」
礼庵「…え…!?」
土方は少し振り向き、礼庵に微笑を残すと、足早に歩いて行ってしまった。
……
その時の土方の背中を、礼庵は今でも鮮明に憶えていた。
礼庵(…死なないで下さい…!)
……
「礼庵殿…?」
礼庵は、はっとして顔を上げた。
「何を泣いておいでです?」
今、目を覚ました総司が、驚いた顔で礼庵の顔を見上げていた。
礼庵は、あわてて頬に伝っている涙を、手の平でぬぐった。
礼庵「いえ…その…。…京のことを思い出して…つい…」
そうごまかした。総司は寂しげな笑みを見せた。
総司「私のせいで…あなたまで、気弱にさせてしまっているのですね…」
礼庵「…面目ない…」
礼庵はそう言って、さりげなく差し出している総司の手を握った。
礼庵「また熱があがっているようです。…おかあさんに水を持ってきてもらいますね。」
礼庵はそう言って、部屋を出て行った。
…そして、ふすまの外で、必死に流れ続ける涙をぬぐった。
礼庵(…土方殿…私一人では…荷が重過ぎます…。どうか…総司殿に会いに来てください!)
心の中で何度もそう土方に呼びかけながら、礼庵は流れる涙を拭っていた。




