第62話
総司の夢の中―
礼庵の言葉を聞いて、総司は思わず顔をそむけた。やはり、自分のことを心配してくれていたのだ。
礼庵「また、みさに会いに来てやってください。」
礼庵の言葉に、総司は救われたような気がした。
…帰ろうとすると「顔を洗っていきなさい。」と言われた。
礼庵「いい男が台無しだ。」
そう言って笑っている。総司は言葉に甘えることにした。そして顔を洗いながら、不安になった。
総司(私が出ていったら、この人は独りになってしまうんだ)
礼庵から手ぬぐいを受けとって顔を拭いたとき、その手ぬぐいを受け取ろうとする、その人のしなやかな指が見えた。
総司(姉さんのような手だ…)
総司は、思わずその手を握っていた。
……
総司は、はっとして目を覚ました。そして、中庭の方を向くと、黒猫がお座りをして自分の方を見ているのに気づいた。
総司「おはよう、黒猫殿。…さぁ、おいで」
総司はそう言いながら縁側へ行き、あぐらをかいた膝を叩いた。
黒猫は縁側へひょいと飛び乗り、総司の膝に顔をこすりつける。
総司(…あれはいつのことだったんだろう?…かなり前のことだったように思うが…)
今まで見ていた夢のことを思い出しながら、総司はそう思った。
総司(…あの時、私は礼庵殿が女であることをわかっていた…でも…言えなかった…。)
どうしてだろう…?と総司は思った。あの時言っていれば、どうなっていただろう…。
総司は、ぼんやりと中庭を見つめながら、座っていた。




