第61話
総司の療養所―
総司は明け方、礼庵を見送り、再び床へとついた。
礼庵は、総司が眠っている間も、ずっと起きていたようである。
申し訳ない…と思っていても、寂しさは押さえることはできなかった。
総司は、ぼんやりと天井を見ながら、礼庵の言葉を思い起こしていた。
『元気になって…一緒に京ヘ帰りましょう。』
総司(あの人は…本気でそんなことを思っているのだろうか…?)
そう思った。…そして、昨日、言おうとしていた言葉を、ふと思い出した。
本当は昨日、礼庵が女であることを知っていることを、言おうと思ったのだった。
しかし、咳き込んだ後で、気力が萎えていた。
総司(いつ、言おう…。)
言わなくてもいいのかもしれない…いや、言った方がいい…。総司は礼庵が来てからというもの、ずっとそんなことを考えていた。
総司(言えば…あの人が楽になってくれるような気がする…。…あるいは、よけいに気を遣うようになってしまうのかも…。)
こんな風に堂堂巡りで、らちがあかないのである。
そうこう考えているうちに、総司はいつの間にか眠りに落ちていた。
……
総司は武装して、長州軍の残兵を追っていた。ふと気がつくと、礼庵の診療所の近くにいた。
総司(……)
総司はふと懐かしい思いに、そっと診療所の戸へ手をかけた。
総司(…お別れがいいたかったな…)
そう思いながら、総司はゆっくりと中へ入ってみた。今にもみさが飛んできてくれるような気がした。
すると、礼庵が奥から現れた。
礼庵「…沖田殿!」
久しぶりに聞いたその声に、総司は何かなつかしさを感じた。しかし、顔には出さなかった。
総司「…京にいらっしゃったのですか」
心とは裏腹に無愛想な態でそう言ったとたん、総司はおもむろに咳き込んだ。礼庵は驚いて、総司を玄関に座らせた。
そして背中をさすってくれた。
礼庵「医者へは?」
その言葉に、総司は首を振った。「どうして」という小さな声がした。
総司「この戦でいけぬままです。」
そう答えた。咳が落ち着いたとき、沈黙するのが恐くて「みさは?」と尋ねた。
礼庵「婆と一緒に里へ行かせています。」
それを聞いたとたん、総司は思わず「どうしてあなたも一緒にいかなかったのですか!」と声を荒げてしまった。
今になって、この戦の中で独りで診療所にいる礼庵のことが心配になったのだった。
礼庵「沖田殿が戦っておられるのに、京を離れられませんよ。」
総司は思わず驚いて礼庵の顔を見た。礼庵は微笑んで自分を見ている…。




