第59話
江戸 私設療養所―
礼庵はまだ東と酒を飲んでいた。
東は案外、酒に弱い方である。それでも、限度をわきまえず飲むのである。
今も、顔を真っ赤にしている。
礼庵「東さん、もうその辺でよしたらどうです?」
東「いやら…もうすこひつきあへ(いやだ、もう少し付き合え)」
礼庵「また、はじまった…」
礼庵は苦笑しながら、一口酒を飲んだ。礼庵は、酔っても顔に出ない質で、本人は酔っていても素面に見られるのである。
今も、かなり酔ってはいるが、平気な顔をして座っている。
東「…あのは(あのさ)…おっ沖田はんには、い、言ったのか?」
礼庵「何をです?」
東「おおおおまえのこと…」
礼庵「?私のこと?」
東「おんなだってこと…」
礼庵「!!!!」
礼庵は口に含んだ酒を思わず吹いた。
東はそんな礼庵を指差して、大笑いした。
礼庵「あ、東さん!ご存知だったんですか!?」
礼庵はぬれた袴も拭かずにいった。
東は腹をかかえて、その場に笑い転げていた。
東「お、おまえの…その顔っ!!…あはははははは!!」
東は転がりながら笑っていた。礼庵の顔はだんだん不機嫌になる。
礼庵「東っ!!」
東「はいっ!!」
東は突然どなられて、その場に正座をした。
礼庵は時々、呼び捨てでどなり、調子に乗る東を押さえることが多々あった。
東もわかってはいるが、普段温厚な礼庵に怒鳴られると、つい言うことを聞いてしまうのである。
礼庵「知っていたなら、どうして今まで言ってくれなかったんです?…それどころか、遊郭まで誘ったり、私を衆道だと言ってみたり…」
礼庵はすっかり不機嫌な顔で、酒をあおった。
東「…だってよお…お前、すごく気を張っているように見えたからさ。」
礼庵「!?…私が?」
東「女と知られたら、困る…みたいなさ。」
東はすっかり酔いがさめている。
礼庵「…そうかなぁ…」
東「で、どうなんだ?沖田さんには言ったのか?」
礼庵は黙って首を振った。
礼庵「…あの人には、最後まで黙っていようと思います。今更、女だと言っても、どうなるわけでなし。」
東はそう言って酒をあおる礼庵を、黙って見つめている。




