第58話
江戸 私設療養所―
夜中、礼庵は、これから世話になる療養所へ戻ってきた。
その礼庵を待っていたのは、京で外科医をしていた東だった。
東「お帰り、礼庵。」
礼庵「東さん!」
礼庵は驚いて、療養所の門前で立っていた東に駆け寄った。
礼庵「先に休んでいてくださいと言ったはずじゃないですか。」
東「…んん…まぁ…ちょっと気になってな…」
東はそう言葉を濁しながら、療養所へ入っていく。
礼庵も東について入っていった。
この療養所は実は、東の親戚が開いている療養所だった。
東は先祖代々、また親類縁者がすべて医者であった。そして、療養所というとおり、金を払えない貧しい人のために作られたものだった。
実は礼庵が医者の修行をしていたのも、この療養所だったのである。
東とその父親はずっと京にいたのだが、新選組が京から出たため、後を追うようにして江戸へ戻ってきたのだった。
東「なぁ…酒でも飲まねぇか?」
礼庵「…そんな気にはなれないんです。」
東「まぁ、そういわずに付き合えよ。」
東はそう言って、礼庵の肩を叩いた。
礼庵は、苦笑した。
……
東は、自分の部屋へと礼庵を誘った。
もう酒の用意が出来ている。
礼庵「…準備万端…だったんですね。」
礼庵は苦笑しながら、東の前に座った。
東は黙って、礼庵の前の湯飲みに酒を注ぐ。
東「…沖田さんはどうだった?」
礼庵は湯飲みにひと口だけ口をつけてから言った。
礼庵「…かなり痩せていました…。食事も…あまり喉を通らないようです。」
東「どんなもんを食べてるんだ?」
礼庵「そう言えば…豚の肉を食べさせられましたよ。…いきなり。」
東は「えっ?」と聞き返した。礼庵はその東の顔を見て苦笑し、湯飲みに入った酒をすべて飲み干した。
東「…まぁ、確かに豚の肉はいいとはいうが…夜に食べるもんじゃないな…。寝られなくなっちまう。」
礼庵「そうなんですか?」
礼庵はそう言って、東の湯飲みに酒を注いだ。
東「肉とは、目を覚ますもんだ。寝るときには、飯よ。飯粒が一番いい。」
礼庵「じゃぁ、それを伝えておきましょう。」
東「ああ、それがいい…。」
東は湯飲みの中の酒をあおった。




