第57話
総司の療養所―
礼庵は夜、主人の厚意から、総司と一緒に食事をすることになった。
初めは遠慮した礼庵だったが、総司がちゃんと食事をとっているのか心配だったため、甘えることにした。
食事はは野菜中心の煮物だったが、一つだけ見慣れぬ黒い塊があった。
礼庵はそれが何かわからず、じっと見ていた。
総司「…これでしょう?…豚肉なんですよ。」
礼庵「豚…肉…ですか…。」
肉など食べたことのない礼庵はとまどった表情をした。
総司「体力を蓄えるのにいいそうです。特に私のような病人は食べなければならないものだそうですよ。」
礼庵「そう…ですか…。」
礼庵は、困ったようにしている。豚の肉など考えただけで気持ち悪かった。
しかし、総司がそれを食べさせられていると思うと、自分が食べないわけにはいかない。
総司「無理をなさらなくていいですよ。…私もひと口だけかじって、いつも残すのです。」
礼庵「…いえ…。総司殿がひと口でも食べるのならば、私も…」
礼庵はそう言い、ぎゅっと目を閉じて、肉を口にした。
固かった。噛んでも噛んでも、口の中からなくならない。
…しかし、思ったよりまずくはなかった。うまく煮付けてある。
礼庵は、どうしても口の中からなくならない豚肉を、最後は飲み込んだ。
その表情をじっと見ていた総司は、くすくすっとおかしそうに笑った。
総司「お見事。…いかがでしたか?」
礼庵「はぁ…。…意外とおいしかったです…。」
嘘ではなかった。思っていたより食べやすかった。…少し臭みはあったが…。
総司「…あなたが食べたのならば…私も食べなければなりませんね。」
総司はそう言って、口の中に肉を放り込んだ。礼庵の心配そうな表情を見ながら、必死にかんだあと、ごくりと飲み込んだ。
礼庵は思わず、碗に入っている茶をとり、総司に差し出した。
総司は、それをそのまま受け取り、茶を飲んだ。
…飲んでから、「ふーっ」と息をつき、礼庵に苦笑いをしてみせた。
礼庵が思わず笑い出す。総司もつられて笑った。
2人の笑い声が、静かな夜に優しく響いていた。




