第56話
総司の療養所―
総司は礼庵と並んで縁側に座っている。
何か、恥ずかしくて顔が合わせられない。
2人はしばらく黙って、中庭でひらひらと飛ぶ蝶と戯れている黒猫を見ている。
黒猫のことは、もう礼庵も聞いていた。
総司「…もうあなたとは会えないと思っていた…」
礼庵「それは、心外ですね。」
礼庵がそう言って、小さく笑った。
礼庵「京を出られる時に「また会える」と言ったのは、総司殿の方じゃありませんか。」
総司「え?」
総司は横で同じようにあぐらをかいて座っている礼庵を見た。
総司「…そうだったかな…?」
礼庵「私は、その言葉を支えにここまで来たのに…」
総司「…そうでしたか…それは、申し訳ないな。」
頭をかく総司に、礼庵はくすっと笑った。
礼庵「…でも、土方殿から文をいただかなければ…総司殿がここにおられることを知ることはできませんでした。…」
総司「案外、そういったことは、まめなんですよ。土方さんは…。」
そう言ってから、総司はふと礼庵に向いた。
総司「…何か…土方さんや近藤さんのことを聞いていませんか?…私の方へは全くなんの便りもないので…わからなくて…」
礼庵は「え?」と驚いた表情をした。
礼庵「…そうでしたか…。実は私も、江戸へついてからすぐに来たもので、何も聞いてはおりません。…土方殿の文も、一度きりですし。」
礼庵は本当に何も知らなかった。総司はすこしがっかりしたような表情をした。
総司「そうですか…。新選組はどうなっているのかなぁ…。」
礼庵「……」
総司「……何か私独り…取り残されているような気がして…。」
礼庵は黙っていた。近藤や土方のことは何も聞いていないが、新選組に関しては、いい噂を聞くことはなかった。
たぶん、この納屋を貸している主人も、わかっていて総司に言わないのだろう。
2人は、また黙り込んで中庭を見ていた。
…しかし、こんな静かな時すらも、2人にはとても貴重な時間であった。




